泥猫【完結】                 

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泥猫【完結】                 

投稿 by 明日輝 on Sat Apr 29, 2017 10:36 pm






                                  ✟
                  泥
                  猫

                                  ✟














登場猫
✟クロウアイ〈烏の目〉
 ♂。黒い毛に緑の目。泥猫と呼ばれる。自分が大好き。

✟フォックスリーフ〈狐の葉っぱ〉
 ♀。琥珀色の目をした三毛猫。新米戦士。ちょっと気が強い女の子。

✟族長
 ♂。サンダー族の族長。目が怖い。

✟レッドウィスカー〈赤いひげ〉
 ♂。青い目の白猫。リヴァー族。デカい。




まえがき

こんばんは。短いお話です。
ノートの中では完結しているので、多分、GW中には完結できると思います。









最終編集者 明日輝 [ Sat May 20, 2017 8:54 pm ], 編集回数 2 回
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Re: 泥猫【完結】                 

投稿 by 明日輝 on Sun Apr 30, 2017 10:14 am






命のびん







***

 ___これは、とある少女と、泥猫の物語。







 その日、彼女が告げられた言葉は、彼女を絶望させた。それは、お前は役立たず
だ、そう言われているのと同じだったから。


「もう一度、言っていただけますか?」


 彼女は四方八方に泳がせた目で、そう問いかけた。彼女の目の前にどっさりと腰を
下ろしているのは、彼女の所属するサンダー族の族長だ。族長は、切れ長の目をゆっ
くりと閉じると、面倒くさそうにため息をついた。それから、彼女を睨むように見上
げた。


「お前は今日から、泥猫の監視役に付け」


 族長は非常にも、先ほどと一字一句変わらぬ言葉を、同じように感情をこめずに言
った。困惑のあまり、開いた口から何となく漏れた渇いた笑い声。それは、誰にも受
け取られることなく、狭い族長部屋に響いて消えた。


「そんなに嫌そうな顔するなよ。一族の為の、大事な使命だ」


 族長は、眠たそうにひげをぴくりと動かした。わかったらさっさと行け、とでも言
いたげだ。彼女は奥歯を強く噛みしめた。そんな、私には夢があるのに……!彼女は前
足を一歩前に出した。ぺろぺろと胸の毛を舐めだした族長に、ぐっと詰め寄る。


「納得できません。どうして私なのですか?!」

「どうもこうもない。誰かがやらなければいけない役目だ。それに、任期は一年。そ
れまでの辛抱だ」


 一年。その長い長い時間を、族長はまるで一瞬のことかのように言う。冗談じゃな
い。そんなふざけたこと、あってたまるか。だいたい私が今までどれほど!


「それに」


 族長が冷静な声で呟いた。その冷たいほどに綺麗な青い目を、彼女の血走った目と
合わせる。きらりと光った族長の黒い瞳孔に、吸い込まれていくような錯覚を覚え
た。族長の視線が、彼女のど元に突き刺さる。彼女は、ごくりと唾を飲んだ。


「これは決定事項だ__」


 彼女の夢は、希望は、拍子抜けするほどに無機質な言葉ひとつで、なんともあっけ
なく崩れ去った。止めていた息を吐き出し、何かをこらえるように、彼女は息を吸
う。族長は、しなやかな足で立ち上がった。彼女と肩を触れ合わせ、微笑む。


「頼んだよ、フォックスリーフ」


 族長の後姿を見送ることもできないまま、彼女__フォックスリーフは、薄暗い
部屋に取り残された。




***



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Re: 泥猫【完結】                 

投稿 by 明日輝 on Sun Apr 30, 2017 4:57 pm






***







 泥猫。それは、泥のように腐り切った戦士。いや、彼は戦士と呼んでいいものでは
ない。サンダー族に生まれ落ちたはずの泥猫は、どこで道を踏み間違えたのか、一族
全てから毛嫌いされるようになった。その原因はひとえに、彼の完璧なほどに自分本
位な性格にある。

 彼は、仲間と言う言葉を知らない。思いやりと言う言葉も知らない。戦士のおきて
やスター族なんてもってのほか。とにかく自分が一番なのだ。そんな奴、追放し
てしまうべき?しかし、彼は、裏切り者ではないのだ。よく頭の切れる泥猫は、首の皮一
枚で、うまくバランスを取っていた。一族は、裏切り者ではない泥猫を、罰すること
はできない。

 そこで一族は、泥猫に監視役を付けた。その名の通り、泥猫が怪しい動きをしない
か監視するのだ。狩り、食事、睡眠、と一日のほとんどを泥猫と共にする。

そして、その監視役に就任することは、戦士として“劣等生”のレッテルを貼られること__


「最悪……」


 フォックスリーフは、“劣等生”の字を顔に書いて、キャンプを歩いていた。噂とい
うのは、風よりも早く伝わるもので、フォックスリーフは、憐みの視線を向けられて
いた。ふざけるな!と叫びたいところだが、そうしたところで所詮は負け惜しみ。
誰も見向きはしないだろう。


「全部泥猫のせいだ」


 フォックスリーフはそっと呟いた。わかっている、自分が期待されていないからだ
なんてこと、わかっている。彼女は何を思ったらいいのか、分からなくなっていた。




 泥猫の部屋は、キャンプの端の端。子猫が近寄らないように、崖を少し切り崩した
その上にある。むき出しの岩肌から突き出した、茨の茂み。そこが泥猫の部屋で、一
族からは独房と呼ばれていた。その陰湿な場所は、独房と呼ばれるに相応しいような
独特の雰囲気を醸し出している。

 きっと独房の中は、昼間でも暗いのであろう。そこで泥猫は、独り寂しく自分の為だ
けに生活しているに違いない。「なんて可哀想!」と、フォックスリーフは、泥猫
を鼻で笑った。

 フォックスリーフは、崖の上を見上げる。右足を壁のくぼみにかけ、やるしかな
い、と覚悟を決めた。フォックスリーフは地面を強く蹴る。思いの外複雑な壁は、登
ろうとするフォックスリーフを拒んだ。

 わずか1メートルちょっとの壁を登り切った時、フォックスリーフは肩で息をして
いた。泥猫によって巧妙に作られたその壁は、なかなか登れないような作りをしてい
て、それにまんまとはまるように、フォックスリーフは手間取った。

 やることがいちいち性格の悪い泥猫に、怒りを覚えながら、フォックスリーフは苔
のカーテンを開けた。警戒をしながら頭だけを部屋に突っ込む。その時、目に入って
きた光景に、フォックスリーフは驚いた。

 独房の中は、とても明るかった。外から見るに、茨が隙間もないほどに編み込まれ
ていて、光のひとつ入りそうもなかったのに、そこはとても明るかった。綺麗に磨か
れた岩が、黄金色に反射する。

 中央には、ふんわりと丸められたみずみずしい苔がひかれていて、族長の部屋より
もずっと豪華に思えた。


「すごい……」


 フォックスリーフは、無意識にも独房の中に足を踏み入れていた。肉球を通して伝
わるひんやりした冷たさがまた、その部屋を素敵に感じさせた。


「俺の部屋で何をしている」


 その時、鋭い声が響き渡った。フォックスリーフは驚いて目を見開く。声がどこか
らしてきたのか、辺りを見渡すと、部屋の奥の方から、黒猫が一匹、出てきた。普段
は遠巻きに眺めているだけの、泥猫、その姿だった。


「俺の部屋で勝手に何をしていると聞いているんだ」

「あっ、すいません、つい」


 フォックスリーフが慌てて謝ると、泥猫は不愉快そうに鼻を鳴らした。その態度
に、フォックスリーフはまたイラッとするが、ぐっと我慢する。いくら泥猫でも、彼
は先輩戦士。私は、彼とは違って、戦士のおきてを重んじる。そう、自分に言い聞か
せた。


「私は、今日からあなたの担当になりました」

「ああ、そうか。それじゃあもうあのピーピーうるさい弱虫の役立たずに、付きまと
われることもないのか。」


 泥猫は清々したように微笑む。そして、ちらりとフォックスリーフの顔をみた。
「お前はもう少し使える奴だといいけどな」と、馬鹿にするように笑う。


「よろしくお願いします」


 泥猫がどれだけクソ野郎かは知っている。覚悟もしていた。フォックスリーフ
は、泥猫の言葉を受け流した。私は、こんな自分勝手な奴じゃない。


「ああ。それで、お前、名前は?」

「はい?知らないんですか?」


 フォックスリーフは呆気にとられたて聞き返した。確かに泥猫は、一族と交流を持
たない。でも、同じキャンプで暮らしているんだ。いくら他人に興味がなくたって、
一族の猫の名前も分からないなんて。ありえない、そう思った。


「知らない。俺にとって関係のない奴の名前を知る必要はない。だが、お前は今日か
ら俺の召使いになった。名前ぐらい知っててもいいだろう」

「……フォックスリーフです。本日より、泥猫の、監視役、になりました。どうぞよろしく」


 フォックスリーフは怒りと、呆れのあまり、地面をばんっと叩いてそう言った。本
人に、泥猫だとか、監視だとかはまずいかな、と少し思ったが、もう遅い。フォック
スリーフは顎を高く上げた。全て事実何だ、なにも怖がることはない。


「名前はしらんが、お前の顔は知っていたぞ、クソガキ。そうか、フォックスリーフ
か。お前にピッタリでうるさい名前だな」


 泥猫は、自分の質問に対する答えしか、聞いていないのだろうか。フォックスリー
フは、話のかみ合わなさにイライラする。まあいいか、どうせ短い付き合いなんだ。
私は、すぐに戦士業に戻ってやる。フォックスリーフは決意をさらに固くした。


「しかし。俺の名前はクロウアイ。泥猫なんぞと言う薄汚れた名前ではない。よく刻んどけ」

「そうですか、クロウアイ。あなたにぴったりで気味の悪い名前ですね」


 フォックスリーフは、軽く笑いながらそう言った。もう、この泥猫に怯えているの
も馬鹿らしい。たかが、泥猫じゃないか。フォックスリーフは、クロウアイが耳をピ
クッと動かすのを見て、フッと笑った。


「俺にピッタリでカッコいい名前だ。それに、気味の悪いのはお前ら一族だ。愛だ仲
間だ信頼だ、聞いているだけで吐き気がする」


 クロウアイは、本当に気持ち悪そうに顔をしかめた。そんな泥猫を見てフォックス
リーフは不思議に思う。このひとはどうしてこんなにも、綺麗な言葉が嫌いなのだろ
うか。フォックスリーフはただ純粋に、そんなことを思った。


「あなたに、大切なものはないんですか?」

「あるよ。俺がこの世で一番大切なものは、俺だ。俺は俺さえあれば、あとはどう
なってもいい。このおかしな部族があろうとなかろうとな!」


 真面目にそう問いかけたフォックスリーフは、私が馬鹿だったと、内心頭を抱えて
反省した。そうだ、この猫は、こういう猫じゃないか。自分が大好きなんだ。初めか
ら分かっていたことだ。


「あなた、最低ですね!」

「そうか?俺は自分を、最高傑作だと思っているよ」


 にこりと笑ってそう言ったクロウアイに、フォックスリーフは、もう泣きたい、
そう思った。









***





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Re: 泥猫【完結】                 

投稿 by 明日輝 on Wed May 03, 2017 5:11 pm






***




「おはようございます、お出かけですか?」


 翌朝、フォックスリーフが独房を尋ねると、彼は丁度出かけようとしている所だっ
た。クロウアイはフォックスリーフをちらりと一瞥すると、「ああ」とだけ答えた。
いちいち面倒くさい猫だ。


「どこに行くんですか?」

「お前には関係ないだろう。というか、勝手に入るなと言ったはずだ」

「私だって、あなたと関りたくないですし、どうでもいいです。でも、仕事なんで」


 フォックスリーフは、クロウアイの前に回り込んだ。譲ろうとしないフォックスリ
ーフに、クロウアイはため息をつく。


「狩りだ。ほら、分かったら帰れ。ここは俺の部屋だ」

「いや、一緒に行きます」

「だめだ」


 クロウアイは、逸らし続けていた目を、きっとフォックスリーフに向けた。やっ
と、目を合わせてくれた。フォックスリーフは内心、満足げにのどを鳴らす。クロウ
アイは、輝きだしたフォックスリーフの目に、何かを気が付くと、さっと再び目を逸
らした。フォックスリーフはばれない程度に、鼻を鳴らした。


「ついてくるんじゃねーぞ!」

「無理です。あなたがどうやってうまく逃げようと、私は付いていきます」

「なんだよその台詞、まるで俺のことが好きみたいじゃないか」

「っ!はぁあ?」


 泥猫からでた言葉の衝撃から、フォックスリーフは言葉を失う。何を言う、私はあ
んたが大っ嫌いだ!フォックスリーフは、クロウアイが先輩だと言うことも忘れて、
思いっきり睨んだ。

 無言の攻防が暫く。すると、その時、クロウアイがフっと笑った。突然溶けた緊張
に、目を見開くフォックスリーフ。クロウアイは横目で彼女をちらっと見ると、大笑
いしたいのをこらえているかのように、独房を出て行った。

 ひとりになった部屋に入り込んだ、冷たい風に、フォックスリーフははっと我に返
った。腹の底から湧きあがるような、怒りに、心音が高まるのを感じたが、何故かす
ぐに収まってしまった。


「負けた……」


 フォックスリーフは、がっくりと肩を落とし、「もうっ!」と、拳を地面に叩きつ
けた。響くこともなく、岩に吸い込まれていく衝撃が、彼女の弱さを示していた。





 森に出たフォックスリーフは、泥猫の匂いを追っていた。いけない、私は戦士。あ
んな野郎の、つまんないからかいに屈するなんて。フォックスリーフは立ち止まる
と、ブルブルと頭を振り、再び走り出す。

 こっちに行ったのか。フォックスリーフは進む方向を、日の出の方向に変えた。そ
のまま進み、兎の狩場へ向かったのだろう。フォックスリーフは足を速めた。時
折、美味しそうな獲物の匂いが鼻をかすめたが、フォックスリーフはこぼれそうな涎
を抑えて、それらを無視した。今は泥猫が優先だ。


「あれ……?」


 フォックスリーフは、クロウアイの匂いが消えたことに気が付いて、足を止めた。
鼻が地面にくっつくほどに身をかがめ、慎重に周囲の匂いを嗅ぐ。こっちの方向に来
たと、思い込んでいたから、途中で匂いが消えたことに気が付かなかったのか?

 フォックスリーフは後ずさりするように、来た道を戻った。すると、意外とすぐ
に泥猫の匂いは見つかった。匂いは、湖と反対の方向に続いていた。小走りで辿る
と、匂いは細い一本道に入った。まだ新しい。もうすぐそこにいるはずだ。


「こんなところに、獲物何て……」


 いるはずがない。じめじめとした匂いに、フォックスリーフは顔をしかめた。そ
もそも、こんな道あったっけ?フォックスリーフは、縄張りをしっかりイメージす
る。このまままっすぐいけば……キャンプの裏?

 そこまで考えると、フォックスリーフの脳裏に、ある可能性がよぎった。いや、き
っとそうだ。嫌な予感に胸がざわつく。フォックスリーフの足が、自然に早まった。
荒く呼吸をしながら、目を見開く。


「駄目!」


 フォックスリーフは、叫ぶと同時に、無我夢中で大きく跳んだ。そのまま、茂みに
突っ込んだフォックスリーフは、葉っぱを体に絡ませながら、下生えの草地に転がり
込んだ。

 木の枝に拒まれていた太陽の光が、突然降り注ぎ、フォックスリーフは思わず目を
細める。一本道を抜けた先、そこは、戦士部屋と同じくらいの広さの、狭い草原だった。

 鮮やかな黄緑色の草が、風に触れて柔らかく揺れ、陽をあびて淡く光る。暖かい匂
いが心地よく、思わず眠ってしまいそうな所だ。


「ここが……?」


 サンダー族の縄張りの中にある、ということは知っていたが、こうして実際に見る
のは初めてだ。細かい位置も、何があるのかも詳細には知らされていない。知ってい
るのは一族のごく一部の幹部だけ。厳重に隠されたこの場所は、“命の部屋”と呼ばれる。

 感慨深く見入っていたフォックスリーフは、大切なことを思い出した。跳び上がる
ように立ち上がると、キョロキョロとあたりを見渡した。泥猫はどこ?彼の深い黒
は、すぐに見つかった。切り株の前に寝そべって、こちらを見ている。

 フォックスリーフと目が合うと、クロウアイはにやりと笑った。何かを問いかける
ような笑いに、フォックスリーフは、泥猫が示していることがすぐにわかった。フォ
ックスリーフは真っ青になった。


「びんから離れてください!」


 平和な草むらに、フォックスリーフの叫び声がこだました。




***





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Re: 泥猫【完結】                 

投稿 by ラッキークロー@LC on Wed May 03, 2017 8:52 pm

 新小説おめでとうございます!

 短編という事ですが、社会のひずみをそのままテーマに映し出したような、読みやすく、考えさせる物語ですね......泥猫の不気味な微笑み、いったい彼は何をしようとしているのでしょうか......?

 更新楽しみにしています!
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Re: 泥猫【完結】                 

投稿 by 明日輝 on Fri May 05, 2017 9:11 am

ラッキークロー@LC wrote: 新小説おめでとうございます!

 短編という事ですが、社会のひずみをそのままテーマに映し出したような、読みやすく、考えさせる物語ですね......泥猫の不気味な微笑み、いったい彼は何をしようとしているのでしょうか......?

 更新楽しみにしています!


ラッキーs、コメントありがとうございます!

この小説は、何となく「“クソ野郎”を描いてみたいな」と思ったところから始まりました(笑)
なので、考えさせるなんて大層なものではありませんが、楽しんでいただければ嬉しいです。

これからもよろしくお願いします(´ω`*)
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Re: 泥猫【完結】                 

投稿 by 明日輝 on Fri May 05, 2017 9:12 am







***




 一族に伝わる伝説では、その場所は、部族がこの地に住み始めてから、かなりの長
い時間、発見されなかったと言う。


 ある戦士が、縄張りの中で迷子になった。ありえない、いくら何でもそんなこと
が?暗闇まで続く一本道。戦士は、混乱と不安から、引き返そうかと思ったが、探求
心には打ち勝てず、前へ進んだ。

 戦士は、一歩一歩を恐る恐る進む。いくら歩いても続くだけの一本道に、次第に恐
怖を覚えるようになるが、その道も、やだて終わりを迎えた。不自然なほどにぷつり
と切れた道。戦士は、ごくりと唾を飲みこむと、覚悟を決めて、道を塞ぐ茂みに飛び
込んだ。

 目を固く結んで、茂みに入った戦士が、茂みを抜け、目を開いたときに目にしたの
は、この世のものとは思えないような美しい光景だった。

 一瞬にして心を奪われた戦士は、その場に立ち尽くす。その時戦士は感じたと言
う。何としてでもこの場所を守らなければならない、と。

 その草むらには、一つだけ、切り株があった。恐ろしいほどに綺麗に切られた、焦
げ茶色のそれの上には、美しく輝く、不思議なものが乗っていた。それは、水のよう
に透明で、目を満月のように丸くして覗き込んだ戦士の顔を、歪んで映し出す。

 ほんの少し、触れただけで跡形もなく崩れてしまいそうな、儚さ。戦士はそれに、
不思議な感覚を覚えた。彼は思った。これは、我がサンダー族の命だ、と。

 やがてサンダー族は、それを“びん”と名付け、大切に扱うようになった。そして、
一族を締め付けることになる、伝説が生まれる。

_____『命のびんが壊されし時、サンダー族に災いが訪れる』




***





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Re: 泥猫【完結】                 

投稿 by 明日輝 on Sat May 06, 2017 6:56 pm








***






「今すぐ、離れてください」


 フォックスリーフは、尻尾三本分の距離をとって、クロウアイと向き合った。クロ
ウアイは、目尻を少し下げて、口角を緩める。何を考えているのかわからない、その
瞳の曖昧さに、フォックスリーフは神経を張りつめて、クロウアイを見つめた。







 時は今、サンダー族にとある猫が現れた。その猫は、所謂ところの天才で、子猫
の時にすでに、その頭角を現していた。一族は当然、その猫に十二分の期待を注ぐ。

 お前は、リーダーになる猫だ。熱く迫る言葉から、その猫は目を背ける。斜め下の
一点をじっと見つめ、何かを思う。

 あなたは、私たちの誇りよ。暖かく包み込もうとする言葉から、その猫はするりと
抜ける。ひとりで走りながら、何かを思う。

 俺たちの夢を頼んだぞ。光輝く信頼の言葉に、その猫はうずくまる。自ら作り出し
た暗闇で、何かを思う。

 お前は、俺たちの未来だ。その猫に向けられたものは、いつも輝いている。大人た
ちは、まだ小さいその猫には重すぎると知りながら、その猫の背中を押した。

 しかし、その猫は、道を踏み外す。その猫に向けられた視線は、期待や信頼、愛情
から、蔑むような、そんな感情に変わっていく。その猫は、泥猫と呼ばれた。

 泥猫が、何を思い、何を感じて笑っていたのか、それは彼にしかわからない__







「離れてください」

 フォックスリーフは一歩、クロウアイに近づいた。フォックスリーフの、警戒する
ような目に、クロウアイは、瞬きをして、目を伏せる。称えた笑顔はフォックスリー
フの拙い言葉では表現できないものだった。フォックスリーフは、手のひらにぎゅ
っと力をこめ、何かを踏ん張った。






 泥猫を、一族は必要以上に遠ざけた。信頼の蚊帳から追いやった。そして当然、命
のびんからも、遠ざける。サンダー族の命、それだけは、何としてでも守ろうとし
た。だんまりを決め込んでいたスター族でさえも、サンダー族に味方した。泥猫を、
びんに近づけないようにしたのだ。

 それでも、決して安心しない一族は、泥猫に、監視役を付けた。奴が怪しい行動を
しないか見張れ、といった曖昧な名目を掲げているが、監視役に課せられた役割はひ
とつ、泥猫からびんを守ること。そう、命に代えても。

 一族は、何にそこまで必死になっているのだろうか。たかが伝説、根拠もなく、ほ
んの少し力を込めて押せば、音をたてて崩れ落ちるような、そんな存在。でも、一族
は皆でそれを守る。監視役は、命をかけることになるのだ。

 二日前、新しく監視役を命じられた雌猫も、そう命じられた。でも、雌猫はそう重
くは考えていなかった。そもそも、そんな話、ただの作り話だと思っていた。何をお
とぎ話にそんなに必死になるのか、一族を可笑しく思った。

 監視役何て、おとぎ話を名目にした、お荷物払い__






「もう一度言います。離れてください」


 フォックスリーフは、しっかりと力を込めてそう言った。緊張で、気を抜いたら倒
れてしまいそうだ。泥猫のすぐ後ろには、びんがある。サンダー族の命がある。

 フォックスリーフは、静かに爪を出した。泥猫に勝てるなどは思わないが、場合
によっては、この黒猫に、飛び掛からなければいけないのだ。フォックスリーフは大
きく深呼吸をした。沈黙の中で、クロウアイの反応を待つ。


「……ふっ」

「……!」


 クロウアイが、小さく笑いをこぼした。フォックスリーフは身構える。後ろ足を少
し曲げ、いつでも飛び掛かれるような体制を整えた。そんなフォックスリーフを見て
いるのかいないのか、クロウアイはニヤニヤとする。


「どうやら、道に迷ったようなんだ。ところで、お前はどうして、そんなに必死なんだ?」


 クロウアイは、うざったらしい笑いを浮かべた。その笑いに、フォックスリーフは
全てを察する。私の反応を見て、楽しんでいただけと言うのか!フォックスリーフ
は、歯を強く噛みしめ、下を向き、わなわなと燃え上がる何かを、抑えながら吐き出した。


「狩りの続きをしよう」


 クロウアイは、フォックスリーフの横を通って、一本道に戻っていく。フォックス
リーフは、彼の足音を、匂いを感じなくなるまで、その場に立っていった。やがて、
何かを切らすように、倒れこんだ。

 くるりと体を反転させ、仰向けになる。太陽がまぶしい、そう思った。

 フォックスリーフは、自分の感覚を不思議に思った。泥猫に、ものすごく腹を立て
ているはずなのに、「クソ野郎!!」と行儀悪く叫びたいはずなのに、なぜか、泣き
たい気分だ。

 フォックスリーフは空にまっすぐ手を突き上げた。



 ___それはきっと、泥猫が、あの時、悲しそうだったから






***







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Re: 泥猫【完結】                 

投稿 by 明日輝 on Sat May 06, 2017 9:27 pm








***






 暗い部屋の中、戦士が二匹、なにやら話していた。一匹は偉そうに寝そべり、一匹
はそれに敬意を表するように姿勢よく座っていた。


「それで?びんは無事だったんだろうな?」

「はい、それはもちろん。傷ひとつついていません」


 族長は、髭を優雅に揺らしながら言う。横目にフォックスリーフを見据え、きらり
と光らす。逃さない、とでも言いたげだ。フォックスリーフは慎重に頷いた。下手な
ことを言って、族長を怒らせるわけにはいかない。


「あの、泥猫は、びんに近づけないはずじゃなかったんですか?」

「ああ、そうだ」


 族長は、深刻そうにうなずいた。スター族によって守られているはずの、びんに、
何故か泥猫は近づいた。族長は、大きくため息をついた。


「大丈夫なんでしょうか?」

「大丈夫なわけないだろう?なんのための監視役だ。目を離すなと言ったはずだぞ」


 少し声を荒げた族長が、フォックスリーフを睨む。族長特有の、喉元に爪を突きつ
けられるような威圧感に襲われ、フォックスリーフは息を呑む。


「申し訳、ありません」

「以後、二度とこんなことがないように」

「はい」


 フォックスリーフは深々と頭を下げる。族長は面倒くさそうにため息をついた。尻
尾をいらいらと振る。「くそ、あの野郎……」と、小さく漏らす。泥猫に対するい
ら立ちが、日に日に積もっているようだ。

 だが、フォックスリーフには分からなかった。正確には、分からなくなったのだ。

 あの時、フォックスリーフに、仲間に、爪を出された時、泥猫の目は、何を写して
いたのだろうか。思い違いなのかもしれないが、あの時一瞬見えた、クロウアイの寂
しげな表情が、フォックスリーフの頭にこびりついて離れなかった。


「あの、泥猫とは、なんなのでしょうか……」


 フォックスリーフは、答えを求めるように、族長に尋ねた。族長は「は?」とフォ
ックスリーフに聞き返す。フォックスリーフの目を見た族長は、「当たり前だろう」
と、フォックスリーフに鼻を突きだす。くっつきそうなほど近づいた族長の目が、苛
立ちに染まる。


「クソ野郎だ」






***







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Re: 泥猫【完結】                 

投稿 by 明日輝 on Sun May 07, 2017 1:41 pm








***








「どこへ行くんですか?」

「お前は馬鹿か。満月の夜に行くところと言えば、ひとつしかないだろう?」

「あなたは、大集会に参加する許可をもらっていないはずです」

「はっ、知るかよ」


 大部分の戦士が大集会へと向かい、すっかり静かになったキャンプで、フォックス
リーフは大きな声を上げていた。キャンプの外へと続くトンネンルをくぐろうとする
泥猫を、通らせまいと立ちはだかる。

 しかしクロウアイは、ハエを払うようにいとも簡単に、フォックスリーフの横をす
るりと抜け去った。フォックスリーフはちいさく「あっ!」と声を上げると、すぐに
クロウアイの背中を追った。


「ちょっと待ってください」


 クロウアイはかなりのスピードで森を駆け抜けていた。後を追うフォックスリーフ
が、木の根につまずきそうになったり、滑りそうになりながら、なんとか付いていく
のに対し、クロウアイは風に乗って飛んでいるかのように、滑らかに森を進む。

 フォックスリーフは不覚にも、その姿を美しいと思った。


「っていうかそもそも、あなたは何のために大集会に行くんですか?」

「別になんでもいいだろ?」

「よくありません!あなたは今日、キャンプにいるように命じられているはずです!」


 クロウアイは、尻尾を一振りしただけで、フォックスリーフの問いかけには答え
なかった。この自分大好きなクロウアイが、誰かに会いに行くとは思えない。じゃ
あなんのために?何のために、この猫は今、走っているのだろう。

 二匹はやがて、湖に出た。湖にそってまっすぐ走る。フォックスリーフは諦めのた
め息をついた。ここまで来てしまえば、もう、このクロウアイを引き返させることは
できない。それに、キャンプでお留守番より、大集会の方が楽しいに決まってる!フ
ォックスリーフは開き直って、胸を弾ませていた。





 湖を半周、全力で駆け抜け続けたフォックスリーフは死にそうなほどに息を荒らし
ていた。横にいるクロウアイが何事もなかったようにすました顔をしているのが、ど
うにも解せない。どこにそんな体力があるの?

 大集会は、すでに始まっているようだった。嗅ぎ慣れた仲間の匂いと、他の三部族
の匂いが混ざる。大集会ならではの雰囲気に、フォックスリーフの目が輝く。

 きょろきょろと会場中を見渡すフォックスリーフを置いて、クロウアイはすたすた
と歩き出した。フォックスリーフは慌てて後ろを歩き出す。

 クロウアイは、ただ目的もなく歩いているわけではなさそうだった。猫の塊を、し
なやかにかいくぐり、クロウアイはずんずん進んでいく。フォックスリーフは、ぶつ
かっては謝る、という動作を繰り返しながら、クロウアイの黒い尻尾を追う。心なし
か、彼の尻尾は嬉しそうに見えた。


「よう、クロウアイ。お前から会いに来てくれるとは……!感激だよ!」


 クロウアイが立ち止まったのは、とある雄猫の前だった。その雄猫は、真っ白な美
しい毛並みを持つ、大柄な猫。二カッと笑ったその顔はなんとも爽やかで、またえく
ぼが可愛らしかった。容姿と言い、人当たりの良さそうなその笑顔といい、その雄猫
は泥猫と正反対のようだった。

 クロウアイは、舌打ちをすると、目を細めて、「ちげーよ、たまたまだ」と否定す
る。フォックスリーフは、「違います、あなたに会うために全力で走ってました!」
とでも言ってやろうと、クロウアイの脇から顔を出そうとするが、クロウアイの後ろ
足によって制された。

 そのまま、顔だけフォックスリーフに向き、「黙れ」とでも言いたげに睨んでき
た。フォックスリーフは色々と察し、ニマっと笑いながら頷いた。


「あれれ?どうも初めまして、サンダー族のかわいい戦士さん。俺はレッドウィスカ
ーって言います。よろしくね」

「フォックスリーフです、よろしくお願いします」


 雄猫__レッドウィスカーにペコリと頭をさげると、レッドウィスカーは満足そう
に「うん」と言う。ニコニコと笑いあうフォックスリーフとレッドウィスカーに、ク
ロウアイはこらえきれない苛立ちを、舌打ちとして表していた。


「こいつ、こんなんだから、狐ちゃん大変でしょ?大丈夫?変なことされてない?」

「おまえ、黙れよ、俺のことをなんだと思ってる?」

「んー、構ってちゃん?」


 クロウアイは、こめかみに青筋を浮かべて、レッドウィスカーに飛び掛かった。わ
なわなと震えるクロウアイの腕を、レッドウィスカーは楽しそうに避けている。

 フォックスリーフは、あんぐりと口を開けていた。クロウアイが、こんなに誰かと
楽しそうにするなんて。泥猫の全く新しい一面に、フォックスリーフは、嬉しくなっ
た。二匹をにやにやとして見つめていると、クロウアイが、フォックスリーフの視
線に気が付いた。

 クロウアイは、レッドウィスカーから離れると、何処かへ歩いて行ってしまった。


「あーあ、行っちゃった」

「あの」


 少し残念そうに言うレッドウィスカーに話しかけると、彼は大柄な背中を曲げてフ
ォックスリーフの顔を覗き込んできた。可愛らしく首を傾げ、「ん?」と続きを促し
てくる。


「その、えーと、どうして、そんなに」

「俺があいつと仲がいいのかって?」

「……、はい」


 フォックスリーフが頷くと、レッドウィスカーはどさっと座り込んだ。「うーん、
どうしてだろう」と、彼は悩みだす。体ごとゆらゆらと揺らし、目を閉じて、考え込
んでいる。その本気さに、そこまで悩むものなのか、とフォックスリーフは思う。


「まあ、あいつはさ」


 唐突に、レッドウィスカーは話し出した。声のトーンを落とし、まっすぐと前を
見つめるレッドウィスカーの目は真剣で、思わずフォックスリーフも気を引き締め直
した。


「嫌いなわけじゃないんだよ」


 何が?とは、聞けなかった。それはきっと、まだ一日しか一緒にいないフォックス
リーフが、聞いてはいけないこと。彼にしか分からないこと。フォックスリーフは何
となく頷いた。


「狐ちゃんはさ、アイツのこと、どう思ってる?」

「大っ嫌いです」

「はは、即答かよ」


 レッドウィスカーは目尻を緩めて笑った。その笑いは次第に大きくなり、お腹を
抱えて笑い出した。どこが、面白かったのか。不可解そうなフォックスリーフの視線
を感じると、レッドウィスカーは「ごめんごめん」と謝った。


「そっか、大嫌いか。まあ、大嫌いでもさ、見捨てないで上げてよ」


 フォックスリーフは、彼の言葉に、曖昧に返事をした。きっと、この二匹の間に
は、何かがあるんだ。そんな風に思った。

 満月は、美しく輝いていた。






***







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Re: 泥猫【完結】                 

投稿 by 明日輝 on Mon May 08, 2017 5:33 pm








***





 ___泥猫は、敵だ


 ___泥猫から、目を離すな


 ___泥猫を近づけるな


 ___命のびんを守れ




 ___『命のびんが壊されし時、サンダー族に災いが訪れる』





***







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Re: 泥猫【完結】                 

投稿 by 明日輝 on Mon May 08, 2017 5:34 pm








***




 翌朝、族長が発見したのは、粉々に壊された命のびんだった。





「命のびんが壊された」


 一族の集会で、族長はその事実を隠すことなく伝えた。その瞬間に、一族に衝撃が
伝わる。災いが起こる、と嘆く者。犯人は誰だ、と怒る者。思い思いに騒ぐ一族を、
族長はハイレッジの上から冷たげな瞳で見下ろしていた。

 フォックスリーフは、隣に座るクロウアイを見た。まさか、泥猫が?フォックスリ
ーフの視線に気が付いていないのか、無視しているのか、クロウアイは、族長を睨む
ように見上げたままだ。


「あなたがやったんですか?」


 フォックスリーフは一族に聞こえぬよう、小声で言った。だが、一族も考えるこ
とは同じで、皆、クロウアイの方を振り返っている。あいつがやったのか。いつか、
こんな日が来ると思ってた。はじめから追放しとくべきだった!今すぐ出て行け!い
や、殺してしまえ!クロウアイを見る目は、どれも、怖いくらいに、憎しみで満ち
ていた。


「俺がやったと思うか」

「わかりません」


 クロウアイは、少しだけ首をこちらに向け、試すようにフォックスリーフを見てき
た。彼の後ろに佇む大木から、烏が一匹飛び立ち、不吉に泣き喚く。フォックスリー
フは、混乱から目を泳がせると、静かに俯いた。

 そんなフォックスリーフの態度に、クロウアイは、鼻を鳴らした。フォックスリー
フは、恐る恐る顔を上げる。なんとなくまた、悲しそうな顔をしているんじゃないか
と思った。

 クロウアイは、前を見つめていた。その芯の通った瞳に、フォックスリーフは、レ
ッドウィスカーと同じ目だ、と感じた。レッドウィスカーの「見捨てないであげてく
れ」という言葉の意味が、分からない。私は、なんて不甲斐ないのだろう。フォック
スリーフは地面を睨みつけた。


「族長、ご指示を!」

「泥猫に、制裁を!」


 たくさんの爪と牙が、クロウアイに向けられる。フォックスリーフは、単純に怖い
と思った。同じ血の通った仲間から、敵意を向けられている。怖い、そう思った。泥
猫は、こんな気分を毎日味わっていると言うのか。

 一族は、指示はまだかと族長を見上げる。だが、その口も尻尾も一向に動こう
としない。族長はただ、冷たい瞳で、クロウアイと、それからフォックスリーフを見つ
めていた。フォックスリーフは、族長とクロウアイの目が同じような輝きに見えた。
この二匹は、視線でどんなやりとりをしているというのか。


「フォックスリーフ!お前は何をやっていたんだ!?」

「監視役だろう?どうして目を離した!」

「お前にも責任はあるんだぞ!」


 いつまでたっても下されない指示に、一族は苛立ち、その矛先はフォックスリーフ
へとむけられた。


「わ、私は……」


 フォックスリーフは掠れる声で、それだけ出すのが精いっぱいだった。下手なこと
を言えば、一族からはじき出される。落ち着け、私。フォックスリーフは深呼吸をした。


「私は」

「俺はやってねーよ」


 突然、クロウアイが言葉を発した。一族の視線は、一斉に泥猫へとむけられる。フ
ォックスリーフも、クロウアイを見上げた。彼は、先ほどと変わらず、族長をじっ
と見ている。


「どういうことだ泥猫!」

「お前意外に、誰もいないだろ!」


 その通りだ、泥猫としか、考えられない。フォックスリーフは、見開いた目をク
ロウアイに向けた。クロウアイは、族長に向けたその緑色の瞳を、きゅっと鋭くさせ
た。フォックスリーフは忙しく頭を動かして、二匹を見比べた。


「それは、そこの族長さんがよく知っているんじゃないか?」


 クロウアイは、にやりと笑って言う。いつもの、何か企んでいる笑い方だ、とフォ
ックスリーフは気が付く。一族は、例によって、族長の方を一斉に向いた。どういう
ことですか、族長!と誰かが叫ぶ。今まで全く動いてこなかった族長が、左手を上
げ、戦士を制した。


「ああ、知っている。俺は昨夜、ずっと泥猫を見張っていた」

「それは、つまり……」

「俺が、こいつの無実を証明しちまってるってことだよ。何の皮肉だ、クソ」


 そうだ、そうだった。混乱ですっかり忘れてしまっていたが、昨日の泥猫の見張り
は、族長が自らやっていたのだ。族長が一晩中見張っていた。サンダー族にとってこ
れ以上の信頼はない。

 風で自然に倒れた、なんて馬鹿な話はないだろう。それに、あの場所を知っている
のは、族長と泥猫だけ。誰が、やったの……?フォックスリーフは一族を見渡し
た。一族の戦士たちも、同じように考えて、周りを見渡している。


「こいつが昨夜、独房から出たのは、ほんの短い時間だけ。いくらこいつでも、そん
なに早くは往復できないはずだ」

「では、犯人はわからない、ということですか!?」

「いや、そうじゃない。もう一匹、いるだろう?あの場所を知っている猫が」



 ___お前だよ、フォックスリーフ






***







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Re: 泥猫【完結】                 

投稿 by 明日輝 on Tue May 09, 2017 5:44 pm








***








 崖から突き落とされたような、恐怖、浮遊感。フォックスリーフは、ハイレッジか
ら、一族を見下ろしながら、そんなことを感じていた。フォックスリーフは、尋問の
ために、ハイレッジの上にあげられていた。

 膝が笑う、とはこういうことか。フォックスリーフは、何となく、そんなことを思
った。体の力が抜け、立っているだけで精いっぱいだ。族長の突き刺すような視線に
耐えきれず、目を伏せたが、その先で飛び込んできたのは、一族の怒りに満ちた目だ
けであった。

 フォックスリーフは、「ひっ」と小さく悲鳴を上げて、一歩後ずさった。その反動
でバランスが崩れ、倒れそうになるのを、なんとかこらえる。今倒れこんだら、もう
立ち上がれなさそうだ。


「何か、言いたいことは?」

「私じゃありません!」


 細めた目で問いかけてきた族長に、食いかかるようにそう、主張する。だが、そん
な言葉に耳を貸すものはいなかった。フォックスリーフを責め立てる声が次から次に
耳に入り、フォックスリーフは、うずくまってしまいたいのを、必死に抑えた。違
う、私じゃない。みんな信じて!

 フォックスリーフは、何となくクロウアイを探した。一族の端っこで、離れたとこ
ろで座る黒い彼を見つけ、何かに縋るように見つめた。泥猫は今、何を思っているん
だろうか。彼の目からは何も感じることが出来なかった。

 泥猫に助けを求めても、無駄だ。そんなことわかってはいたが、フォックスリーフ
は彼から目が離せないでいた。一体自分は、泥猫に何を求めているのか。よくわか
らずに、奥歯を噛みしめた。


「お前のせいで、サンダー族は終わるんだ!」

「それ相応の対処をするべきだ!」

「追放しろ!」


 一族の罵声は、とどめをしらない。一族一丸となって、敵であるフォックスリーフ
を許すまい、と団結しているようにも見える、が、フォックスリーフはそうは思えな
かった。ただ、気持ちを抑えきれずに叫んでいるだけのような。何かから逃げている
だけのような。

 思い違いか。フォックスリーフは小さく息を吐くと、ゆっくり前に出て、一族を見
下ろした。フォックスリーフの顔が見えると、一族の怒鳴り声はさらに大きくなっ
た。もう、何て言っているのかすら聞き取れない。


「お前は、自分のしたことがわかっているか?」


 族長が、フォックスリーフにだけ聞こえる声で話し出した。


「お前は、俺たちの命を壊したんだ。ほら、見てみろ、こいつらを。お前は、仲間
にこんな表情をさせたかったのか?俺は族長だ。こいつらを守る義務がある、わか
るだろう?」

「……それは、犯人を作らないといけない、ということですか?」


 フォックスリーフはポツリと呟いた。族長の言葉に、小骨がのどに引っかかったよ
うな感覚を覚え、それはまた、一族の怒鳴り声に感じたものと似ている。フォックス
リーフは、自分でも気が付かないうちに、族長を睨んでいた。

私がやったという確かな確証はないけど、私じゃないかもしれないけど、一族を守る
ために、私を犯人にするということですか?私がどうなろうと、どうでもいいとい
うことですか?

 族長は答えなかった。代わりに、フォックスリーフの横に立って、一族を見下ろ
す。族長のすました目が、その通りだ、と言っていた。

 フォックスリーフは、何かが抜けた感じがした。信頼が、雪解けのように消えてい
く。どんどんと、独りになっていく。遠くから聞こえた小さな鳥の鳴き声が、フォッ
クスリーフの耳の中で、何度もこだまする。

フォックスリーフは、はっと、一族に目を向けた。一族が血走った目で睨んでくる。
声を枯らすほど夢中で叫んでいる。なんのために?私を追い出すために?いや、違
う。フォックスリーフはあることに気が付いた。

 彼らは、命のびんが割られたことを嘆いているんだ。


「おかしいよ……」


 それは、三日前から、なんとなく感じていたことだった。どうして彼らは、そこま
で泥猫を憎むのか。そこまで泥猫を恐れるのか。そこまで命のびんに執着するのか。
そこまで必死になれるのか。

 フォックスリーフは分からなくなっていた。産まれた時から、泥猫は憎むべきもの
で、命のびんは命に代えても守るもの。そう信じて、疑っていなかった。でも、どう
してだろうか。フォックスリーフは、根っこの部分が曖昧なことに気が付いていた。

 きっとそれは、一族が長い間捕らわれてきたこと。彼らが今、こうやって叫んでい
る理由。フォックスリーフは、目の前の霧が一斉に晴れたような、はたまた、一層霧
が濃くなったような、そんな感覚に陥った。


「おかしいよ!」


 ありったけの声で叫んだ。突然、朝の空に響いた大声に、一族は動きを止める。そ
して、フォックスリーフを恐れて、身構える。フォックスリーフは身を乗り出した。
毛を逆立ててうなる一族に、届くように、フォックスリーフは大きく息を吸う。


「おかしいよ……」


 言いたいことは色々あるのに、どんな言葉にするのかいいのか分からずに、体の力
は抜けていった。一族は、依然、フォックスリーフを睨んでいる。言葉が、全く届か
ない。フォックスリーフは、絶望のようなものを覚えた。フォックスリーフが掴んだ
ものは、誰かに投げるには、あまりに曖昧なものだった。


「届いてよ……」


 追放だ!追放だ!の合唱から耳を塞ぎながら、フォックスリーフは、がっくりと頭
を落とした。仲間から牙を向けられる感覚。誰一人仲間がいない、孤独。フォック
スリーフは、脳裏に、泥猫の悲しげな表情を浮かべていた。フォックスリーフが、彼
に爪を向けた時の、彼の瞳を思い出す。

 ___『あいつは、嫌いなわけじゃないんだよ』

 レッドウィスカーの言葉が蘇ってきた。嫌いなわけじゃないんだ。仲間が、信頼
が、嫌いなわけじゃないんだ。ただ、仲間から敵意を向けられて、うずくまっただけ
なんだ。泥猫は、逃げていただけなんだ。

 ___『見捨てないであげてよ』

 泥猫が、独りになってしまうから。独りで逃げ続けてしまうから。見捨てないであ
げてくれ。フォックスリーフは、クロウアイが、大集会に向かう時の足取りを思い出
していた。嬉しげに揺れていた尻尾を思い出していた。

 泥猫はきっと、今の私と、同じなんだ。


「届かない……」


 今更気が付いても、泥猫には届かないんだ。


「前を向け、クソガキ!」







***







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Re: 泥猫【完結】                 

投稿 by ラッキークロー@LC on Sat May 13, 2017 5:23 pm

!??

 絶望するフォックスリーフへと投げかけられた言葉、その持ち主はまさか......?

 命の瓶の魔性の力、瓶を割った犯人、泥猫の正体、謎が随所にちりばめられていて目が離せません! 更新を楽しみにしています!
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Re: 泥猫【完結】                 

投稿 by 明日輝 on Sat May 13, 2017 7:33 pm

ラッキークロー@LC wrote:!??

 絶望するフォックスリーフへと投げかけられた言葉、その持ち主はまさか......?

 命の瓶の魔性の力、瓶を割った犯人、泥猫の正体、謎が随所にちりばめられていて目が離せません! 更新を楽しみにしています!




またまたコメント、ありがとうございます!!

きっと、穴も多く、ボロボロの謎たちですが、うまく物語にはまってほしい……!と、思っております(笑)
もうすぐ、!完結できると思います……
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Re: 泥猫【完結】                 

投稿 by 明日輝 on Sat May 13, 2017 7:35 pm








***







「前を向け、クソガキ!!!うじうじしてるんじゃねえよ!」


 フォックスリーフは驚き、顔を上げた。泥猫が、叫んでいた。朝日を浴びた艶やか
な黒い毛を、撫でるように風が吹く。その真っ直ぐとした瞳に、フォックスリーフ
は、はっと気が付く。

 クロウアイがこっちを見ている。上を向いている。前を向いている。フォックスリ
ーフは、一度瞬きをする間、文字通りの一瞬を、永遠のように感じた。仲間の罵声が
不思議と聞こえなくなり、耳の奥には、鼓動の音と、かすかな風の音が残った。クロ
ウアイの瞳に、引き付らるように、大きく目を開ける。

 そうだ、クロウアイは、いつも前を向いている。仲間に爪を向けられたって、殺せ
とまで言われたって、前を向いているのは、ひとえに彼が自分以外どうでもいいと
思っているからではないだろう。きっとクロウアイが、前を向こうとしているから。


「私と同じなんかじゃ、ないじゃん……」


 フォックスリーフの口元から、笑みがこぼれた。全然違うじゃん。なんだか可笑し
くなった。クロウアイは、こんな弱虫なんかじゃないんだ。そう気がついたら、可笑
しくてたまらなかった。

 フォックスリーフは、真っ直ぐ前を向いた。ハイレッジの上というのは、実に見晴
らしのいい所で、キャンプ全体を良く見渡せた。ぐるりと一周、周りを眺めてから、
「どうだ!」とクロウアイを見ると、クロウアイはこちらを見て笑っていた。何かを
企んでいる笑い方。フォックスリーフは、見よう見まねで同じように笑ってみた。


「泥猫、言いたいことがあるのか?」

「ああ、あるさ。お前らは、それで満足なのか?仲間を犯人に仕立て上げて、思う存
分責め立てれば、それで満足なのか?」


 クロウアイは、顎をくいっとあげ、文句があるならいってみろと、一族を見渡し
た。「でも、フォックスリーフにしかできないだろ!」一族の誰かが言った。そうだ
そうだ!と次々にあがる賛同の声。秩序無きその様子に、クロウアイの唇が「雑魚共
が」と動いたのが、フォックスリーフには分かった。

 同じように、フォックスリーフの斜め後ろでは、族長が「クソ野郎が」と呟く。二
匹の間に漂う、異様なまでに険悪な雰囲気にフォックスリーフはごくりと息を呑む。
思わず地面に身を伏せそうになるほど、視線による攻防が、激しく行われていた。


「族長さんよ、びんの周りの匂いはどうだったんだよ」

「お前と、フォックスリーフの匂いしかしなかったよ。お前のは、昨日の昼に付いた
んだろうけどな」

「ああ、そうだな。でも、本当にそれだけだったか?」


 族長は、「それだけだ」といつものように抑揚のない声で、答えた。だが、クロウ
アイはその言葉が出るまでの、一瞬の間を見逃さなかった。それは、族長の確かな動
揺だった。同じようにそれに気が付いたフォックスリーフは、「まさか」と族長を振
り返る。

 かすかに顔をしかめ、いらいらとひげをゆらす族長に、クロウアイは手ごたえを感
じ、小さく喉を鳴らした。「あったはずだ、そうだな……」クロウアイは、わざとら
しく目を細め、首を傾けると、突然、真剣な面持ちになった。


「例えば、狐とか」


 クロウアイは、静かにそう告げる。勝ち誇ったように、泥猫は笑う。泥猫は、楽し
そうに立ち上がった。族長は青い目を見開いた。その中で踊る黒い瞳孔は、まるで水
に浮かんでいるようだ。

フォックスリーフは、驚きから、一歩後ずさった。後ろ足が、ハイレッジの端から飛
び出、慌ててひっこめた。小さな石がカラコロと、音を立てて下に落っこちていく。


「図星か。それにしても、面白い冗談考えたよな。狐の罪を、フォックスリーフに擦
り付けるなんて」

「言い方が悪いぞ、泥猫。俺はただ……」

「どうでもいい、そんなこと。どっちにしろ結果は同じだろ」


 「あー面白い」と、クロウアイは言う。そして、昨日のレッドウィスカーのように
お腹を抱えて笑い出した。ひとり笑い続けるクロウアイを、フォックスリーフは、族
長は、一族は、何も言えずにただ茫然と見つめていた。

 フォックスリーフは、はは……と乾いた笑いを漏らす。恐怖が一気に消え去り、力の
入らなくなった足が、だらしなく崩れ落ちる。上を向き、スター族を睨むように空を
見上げ、何かをこらえた。

フォックスリーフは、自分を反逆者に仕立て上げようとした族長への怒りよりも、ク
ロウアイへの憧れを感じた。それは単純に「羨ましい」という感情だ。フォックスリ
ーフは、クロウアイの真っ直ぐな瞳を、羨ましいと思った。涙が出そうで、俯きたい
ときでも、前を向くクロウアイを、凄いと思った。

  私も、前を向いていたい。そう思った。






***







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Re: 泥猫【完結】                 

投稿 by 明日輝 on Sat May 20, 2017 8:43 pm








***








「それで?どうなったの?」

「狐の仕業、ということで片付きました。悔しいですが、クロウアイのおかげです」

「ふーん」


 レッドウィスカーは、そう曖昧に頷いた。もの言いたげな目に、フォックスリー
フは「何ですか?」と問う。レッドウィスカーは少し笑うと、口を開いた。


「助けてもらって、恋に落ちちゃったとか、そういう話かと思って」

「それはないです」

「即答かよ」


 一ヶ月前と同じように、レッドウィスカーがお腹を抱えて笑い出す。フォックスリ
ーフも、なんだか急に可笑しくなって、同じように笑い出した。一度笑い出すと止ま
らないもので、涙が出るほど笑いこけた。


「お前ら、何をやっている。みっともない」

「お前がかっこいいって話だよ」

「俺がかっこいいというのは否定しないが、それとその大笑いが結びつかない」


 レッドウィスカーのからかいに、大真面目に答えるクロウアイに、フォックスリー
フとレッドウィスカーは呆れたように顔を見合わせた。そのまま、暫く見つめ合い、
どちらからでもなく、吹き出した。再び笑いこける二匹に、「意味が分からん!」と
泥猫は憤る。


「まあ、何はともあれ、狐ちゃんが追い出されたりしなくてよかったよ」

「紛らわしいからその呼び方やめろよな。本物の狐の方は、徹底的に追い出したんだから」


 それに、そう簡単には行かないものだ。一度、爪を向けられた相手との絆はずたず
たに切り裂かれた。気まずさから向こうも遠慮し、フォックスリーフも正直許しきれ
ないところがある。修復には結構時間がかかりそうだ。フォックスリーフは、どこか
他人事のようにそう思っていた。


「ところで、結局のところ、災いは起こったの?」

「あえて言うなら、族長が狐のフンの上で盛大にこけたことでしょうか……」

「え!何それ!めちゃくちゃ面白いんだけど」

「ああ。あれはざまあみろ、と思ったな」


 と、いうのは冗談としても、実際サンダー族に目立った災いは起こってない。所詮
は作り話だったということだろう。フォックスリーフは苦笑いした。同時に、私のあ
の苦労は、恐怖は何だったのだろう、と思う。


「それにしても、お前、よくやり切ったよな」

「余計な回り道をしちまったけどな」


 レッドウィスカーがにやにやと笑いだし、クロウアイは悔しそうに舌打ちをし
た。「はい?」と、その会話の意味が分からずに声を上げれば、二匹は困ったように
顔を見合わせた。正確には、困っているのはレッドウィスカーだけで、クロウアイは
無表情だ。


「あ、あの、なんの話ですか?」

「あー、言わない方がいいのかもだけど……」


 レッドウィスカーはチラリとクロウアイを見た。クロウアイは、目を閉じ、仕方な
さそうに頷いている。レッドウィスカーは言葉を選んでいるかのように、「うーん」
と目を伏せ、首を傾げる。フォックスリーフは、レッドウィスカーの言葉を待つ自分
の毛が、逆立っていくのを感じていた。勘が働き、胸がうずく。それも、悪い方に。


「びんを割ったの、多分こいつだよ?」

「はぁ!?」


 フォックスリーフは、行儀悪く、ドスの効いた声を上げた。レッドウィスカーは、
その声を躱すように、苦笑いをする。フォックスリーフは、クロウアイを見た。クロ
ウアイは、木の下で寝そべり、また目を閉じて、数回頷く。「その通りだ」と。否定
してほしいフォックスリーフの期待を、無残に打ち捨てた。


「え、でも、どうやって!?」


 フォックスリーフは、一度自分を冷静にさせた。よく考えろ、私。クロウアイには
族長が見張りに付いていたんだ。まさか、あの族長の目をかいくぐったと言うの?そ
れはいくらなんでも無茶すぎる。

 ほら、やっぱり無理じゃないか、そういう結論を出して、レッドウィスカーを見る
と、彼は「甘いな」と不敵に笑った。それに少しだけムカついて、口元をへの字に曲
げると、レッドウィスカーは苦笑する。


「簡単だよ。おたくの族長は、クロウアイを本当に一晩中見張っていたの?」

「ええ。それはもちろん。……あっ」

「そういうこと」


 レッドウィスカーは良くできました、と微笑んだ。フォックスリーフは、そんな……
と言葉を失う。確かに、族長は一瞬だけ目を話したといっていた。でも、それじゃ
あ、族長が見ていない隙にあの草原まで、行って帰って来たってこと?私たちは、ク
ロウアイの速さを甘く見ていたってこと?

 フォックスリーフは、目を左右にきょろきょろ動かした。クロウアイの底知れぬ凄
さを見つけ、フォックスリーフはぞっとするのを感じる。クロウアイを横目で盗みな
がら、足元の小石を凝視する。クロウアイをちゃんと見るのが怖くなった。


「おい、クソガキ、お前今、俺の事化け物みたいに考えてないか?」

「でも、そういうことでしょう?」

「どういうことだよ。いいか、いくら俺が誰よりも足の速いカッコいい猫でもなぁ、
そんなことはできねぇよ」

「ねえ、クロウアイ?それは突っ込んで欲しいの?」


 そうだよね?そうだよね?と、どこか焦ったように言うレッドウィスカーに、クロ
ウアイは「何が?」と真顔で返す。その表情を見て、「天然……!」と肩を落とす、と
いう茶番を繰り広げている隣で、フォックスリーフは困惑に頭を必死で回転させていた。


「でも、じゃあもう、クロウアイには無理じゃないですか!」

「狐ちゃん、よく思い出して。その草原はどこにあるの?」

「どこって、一本道を進んだ先……」

「それは、縄張りで言うと、どこ?」


 「どこって……」と呟きながら、フォックスリーフは草原の場所を思い出そうとし
た。案外複雑に絡まった記憶は、フォックスリーフは混乱させた。まるで子供をあや
すように、優しくひとつひとつかみ砕かれながら、フォックスリーフは考える。

 あの草原に続く一本道が始まった場所、曲がった角度、長さ、それらの情報を、慎
重に縄張りに照らし合わせていく。そうだ、あの場所は……


「キャンプの裏!」

「草原は、キャンプからめちゃくちゃ近いんだよ」

「でも、それじゃあ、あの崖を登ったということですか?」


 辿りつきそうな答えを前に、フォックスリーフは食いかかった。あの崖は、凹凸が
全くないんだ。蜘蛛でもないと、登れるはずが……。フォックスリーフがクロウアイを
見ると、クロウアイは、大きくひとつ、ため息をついた。


「クソガキ、俺を誰だと思ってる。いいか、俺は天才だぞ」

「うん、クロウアイ。さっきと言ってることが逆だよ」

「登ったんですか?」

「ああ、思ったより余裕だった」

「二匹して、無視!?」


 ありえない、と思ったが、何となく、クロウアイならできそうな気がしてきた。
フォックスリーフの中で、何かがスポッとはまった。

 そうか、クロウアイが……。フォックスリーフは、自分のなかの力が、すべて怒りに
返還されていくのを感じていた。怒りに燃えた目で、顔を上げると、瞬時に悟ったレ
ッドウィスカーが、思わず一歩後ずさっていた。フォックスリーフは大きく息を吸う
と、ありったけに叫んだ。


「どうして!」

「サンダー族が色んなものに縛られているのを見てるのが、馬鹿らしくなってな」

「それで!?私に罪を着せようとしたんですか!?」


 フォックスリーフは、飛び付かんばかりに、身を乗り出した。クロウアイは、再び
口を紡ぐと、ただ頷く。クロウアイは、初めから私に擦り付けるつもりだったんだ!
そう気が付いたフォックスリーフは、ただ茫然と怒りに身を任せた。


「まあまあ、狐ちゃん、気持ちはわかるけど、ちょっと落ち着いて」

「落ち着いていられるもんですか!このひとは私を崖から突き落としたんですよ?」

「そのたとえは大袈裟だ。たかだかちょっと責められただけだろう」

「はぁ!?何言ってるんですか!?もう!死ぬかと思ったんですから!」


 仲間から向けられる憎悪の目ほど、恐ろしいものはない。立派なトラウマだ。一ヶ
月経った今だって、当たり前のように夢に出てくる。その恐怖は、崖から落とされる
とき、そのものであろう。フォックスリーフは、小さく身震いをした。


「やっぱりあなた、泥猫ですよ、泥猫!ありえない!」

「俺には、クロウアイというカッコいい名前があると言っただろう?」

「うるさい!泥猫!泥猫!」

「ああ?なんだよ、喧嘩なら買ってやらないこともないぞ」

「望むところですよ」


 今にも血を血で洗うような戦いを始めそうな二匹を、レッドウィスカーが無理矢理
引きはがした。大集会の会場で、大声で喧嘩を始めた二匹を、各部族の猫たちが、不
思議そうに見てくる。一躍注目の的となっているようだ。


「あははー、ただの痴話喧嘩ですから、お気になさらずー」

「ちがう!」


 レッドウィスカーの、微妙なフォローに、フォックスリーフとクロウアイは同時
に突っ込みを入れる。信じられない。考えれば考えるほど、フォックスリーフは怒り
が湧きあがってくるのを感じた。


「やっぱり、あなたなんて大っ嫌いです!」

「お前に好かれる必要なんてこれっぽっちもない」


 フォックスリーフとクロウアイは、額と額がくっつきそうなほど近づいて、怒鳴り
合った。フォックスリーフは涙がでそうになるのを、どうにか抑えていた。全て、泥
猫のせいじゃないか。

 ちなみに、“やっぱり”という言葉に引っかかり、ニヤニヤ笑っているのは、レッド
ウィスカーだけだ。


「何回も言っているだろう。俺は俺以外の何がどうなろうと、どうでもいいと」

「あなた、最低ですね!」

「いいか、もう一度言う。俺は最高傑作だ」







 ___これは、とある少女と、泥猫の物語。   *fin*







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Re: 泥猫【完結】                 

投稿 by 明日輝 on Sat May 20, 2017 8:52 pm








あとがき





 まず、ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
 これにて、「泥猫 命のびん章」は完結となります。短いはずなのに、長かった!

 泥猫こと、クロウアイのキャラは、少しばかり複雑で、私もよく掴めないまま、
書き進めてしまいました……。そのため、結構グダグダです(´・ω・)
 私は個人的に、泥猫みたいなキャラは好きですが、実際にいたら……と思います
よね。フォックスリーフにはぜひ頑張ってもらいたいです(笑)

 さて、まえがきに「GW中には完結できる」みたいことを書いておきながら、
気がついたらもう五月も下旬に差し掛かる頃……すいませんでした。
 続編は、そのうち出すつもりです。何時になるかはわかりませんが。彼らの
今後を含め、泥猫、レッドウィスカー、それから族長のいろいろ、と書きたい
ことはたくさんあるのです。

 今後とも、よろしくお願いします。           2017.5.20  明日輝







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Re: 泥猫【完結】                 

投稿 by モノクロサテン on Sun May 21, 2017 8:10 pm

一章完結お疲れ様です
フォックスリーフちゃんとクロウアイの絡みの可愛さに終始ニヤニヤしつつ、
こっそり追いかけさせていただきました(*´ `*)
主人公二匹とレッドウィスカー、それから族長たちの今後が気になります...!
続編で明かされることを期待しています!
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Re: 泥猫【完結】                 

投稿 by ラッキークロー@LC on Sun May 21, 2017 9:41 pm

 完結お疲れ様でした!

 な、なんと......結局、瓶を壊したのはクロウアイだったのですね。これはやられた......!
 彼の自らの身分や周囲の評判をものとせず、自分の意志を貫く堂々たる生き様、見ていてすがすがしいですが、やはり部族猫から避けられてしまうのも道理かもですね笑

 最初から最後までとても楽しく読ませて頂きました! お疲れ様でした!
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Re: 泥猫【完結】                 

投稿 by 明日輝 on Sat May 27, 2017 8:38 pm

モノクロサテン wrote:一章完結お疲れ様です
フォックスリーフちゃんとクロウアイの絡みの可愛さに終始ニヤニヤしつつ、
こっそり追いかけさせていただきました(*´ `*)
主人公二匹とレッドウィスカー、それから族長たちの今後が気になります...!
続編で明かされることを期待しています!



モノクロサテンs、ありがとうございます!

フォックスリーフとクロウアイのわちゃわちゃを書くのはとても楽しくて、
気がついたら、しょうもないわちゃわちゃを永遠と書いていて、泣く泣くカットしたりもしました(笑)
彼の今後などなど、しっかり時間をかけて練っていきたいなと思っています。
ご期待に添えるよう、頑張りますので、気長に待っていてください(´ω`*)
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Re: 泥猫【完結】                 

投稿 by 明日輝 on Sat May 27, 2017 8:44 pm

ラッキークロー@LC wrote: 完結お疲れ様でした!

 な、なんと......結局、瓶を壊したのはクロウアイだったのですね。これはやられた......!
 彼の自らの身分や周囲の評判をものとせず、自分の意志を貫く堂々たる生き様、見ていてすがすがしいですが、やはり部族猫から避けられてしまうのも道理かもですね笑

 最初から最後までとても楽しく読ませて頂きました! お疲れ様でした!




ラッキーs、ありがとうございます!

びんを壊したのはクロウアイでした(笑)
理由とか、壊した方法とか、穴が多いなぁと思っています。。。

クロウアイの性格は、信頼とか忠誠を大切にする部族には、馴染めそうにないですよね(´・ω・)
しかも、結局犯人クロウアイって、これからどうするつもりなんだ、みたいな(笑)

何度もコメントをくださり、本当にありがとうございました!
励みになりました!

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Re: 泥猫【完結】                 

投稿 by スプリングファー on Thu Jun 15, 2017 8:04 pm

フォックスちゃんかわいい・・・!
初めまして(?)スプリングファーという者です・・!面白くて2回も読んじゃいました!(2回じゃまだ足りん!) ふたりの掛け合いは特に凄くて←
素晴らしい語彙力をお持ちですね!憧れますw

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Re: 泥猫【完結】                 

投稿 by 明日輝 on Sat Jul 08, 2017 7:50 pm

スプリングファー wrote:フォックスちゃんかわいい・・・!
初めまして(?)スプリングファーという者です・・!面白くて2回も読んじゃいました!(2回じゃまだ足りん!)  ふたりの掛け合いは特に凄くて←
素晴らしい語彙力をお持ちですね!憧れますw






スプリングファーs、初めまして!明日輝です(*^^*)
コメントありがとうございます!返信遅れてしまい、申し訳ないです

2回も読んでくださるなんて……!感激です……(*ノωノ)
語彙力は……日ごろから、同じ言葉ばかり使ってるな、という自覚があるので、そう言ってもらえると嬉しいですw
これからも増やしていきたいなーって思っていますw
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Re: 泥猫【完結】                 

投稿 by ヒーステイル on Sun Jul 09, 2017 5:57 pm

完結お疲れ様です!一気読みさせていただきました!読みやすくてとても面白かったです。次作も待ち構えておりますw
クロウアイとフォックスちゃんの喧嘩とても可愛かったです(*´ω`*)
改めておめでとうございます!
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Re: 泥猫【完結】                 

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