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水鳥と龍猫       

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水鳥と龍猫        Empty 水鳥と龍猫       

投稿 by ファームダック Sat Jul 01, 2017 10:03 pm

僕はふらふらと山の中をさまよっていた。生い茂った木は、夜の闇をさらに濃くしている。僕の目はその闇を見通し、少し先にネズミがいるのを見つけていた。
 ゆっくりとネズミに近づく。ネズミは気づかない。後ろ足に力を入れ、まさに飛びかかろうとしたそのとき、頭上で枝がポキッと鳴った。ネズミは驚いて逃げていってしまった。
「風……強いなぁ」
 僕はため息をついて、再び歩き出した。さっきから水のにおいがするのだが、場所がよくわからない。 喉が渇いた。お腹がすいた。
 ばさばさと鳥が飛んでいくのを、ぼーっと眺めながら進んでいく。すると、突然足元の感触が変わって、僕は急停止した。
「池だ……。やっとだ」
 喉を潤しつつ、空腹をごまかすように、僕は池の水をがぶがぶと飲んだ。満足して顔をあげたとき、
「こんばんは」
 目の前に白いものが見え、僕は飛び上がって後ずさった。
「だ、ビックリした……」
「すまない。別に驚かせるつもりはなかった」
 それは池にぷかぷかとうかんでいた。白い滑らかな羽毛と、平たくて黄色いくちばし。
「あひる……?」
 僕はまじまじとその姿を眺めた。あひるが喋ってる。猫の言葉を。
「私はただのあひるじゃない。空を飛ぶあひるだ」
 あひるはにやりと笑う。
「ところで君も空を飛ぶのか?」
 あひるが訊いてきた。僕は首を横に振った。
「飛べないよ。翼はあってもね。ただの変わった猫だよ」
 僕は自嘲気味の笑みを返した。僕もただの猫ではない。こうもりみたいな翼が背中に生えていて、尻尾がとかげみたいにつるつるしている。なんでこんな姿になったのかはよくわからない。
「君は、どうして僕の言葉がわかるの?」
 僕はあひるに訊いた。あひるはあひるの言葉を喋るのだ。猫の言葉がわかるはずはない。
「私は犬の言葉もネズミの言葉もわかるのだ。そして人間もな」
 あひるは得意気に答えた。なんだか負けたようで、ちょっとムキになって僕は返した。
「僕も人間の言葉なら少しわかるよ。『ごはん』とか『水』とか!」
「ははは、君はもしかして、飼い猫なのか?」
 あひるはからかうように僕を笑った。僕はまた言い返したくなったが、何も言うことが無かった。
「しかし、君のような猫は見たことがないな。長生きしてきた私でも。同類というか、化け物の一種かと思ったが、そうでもないようだな」
 訝しげに彼女は呟く。僕はまだ、からかわれたことに腹を立てていた。
「僕も君みたいな、変なあひる見たことないよ。何なんだ、君は?」
「空を飛ぶあひるだ」
 あひるは即答した。何度も同じ答えを暗唱してきたかのように。
「そうだ。もうすぐここに白い猫が来ると思う。そいつに伝えて欲しいことがあるのだが」
 僕は鼻をフンと鳴らした。
「嫌だ。僕はここにじっと留まってる訳にはいかないんだ。そろそろ何か狩りに行こうと……」
 僕は口をつぐむ。あひるが魚を僕の足元に運んできた。いつのまに捕ったのだろう。
「これでいいか?」
 あひるはじっと僕の目を覗き込んだ。僕はその不思議な黒い目から離れられなくなった。
「……何を伝えて欲しいの」
「私は今から旅に出ることにした。しばらく、いや、もう二度とここには帰って来ないかもしれない。そう伝えてくれ。すまない、と」
 あひるはそう言って、陸に上がってくる。僕はうなずいた。
「わかった。白い猫……だね」
「ああ。ありがたい。白い猫には、私の名前を出せばいい。私が信用した猫であることを示せば、きっとわかってくれる。じゃあな。私の名は……」
 風がざわざわと木々を揺らした。
「『泡沫』だ」
 彼女は飛び立って行った。
 残された僕は、しばらく空を仰いでいた。そしてふと思い出した。人間に抱き上げられ、連れていかれた日のことを。「泡沫」と名乗る猫がいたことを。

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水鳥と龍猫        Empty 小説をどこかに投稿するのは初めてです。

投稿 by ファームダック Sat Jul 01, 2017 10:12 pm

 初めまして。ファームダックと申します。「鶩龍(ぼくりゅう)」という名でTwitterやってます。ウォーリアーズは、まだ三期の三巻までしか読んでません。
 短編だけ投稿する予定でしたが、連作になってしまったのでぼちぼち進めていこうと思います。最初の段落開けが出来ていないのはミスです。すみません。
 とにもかくにも、完結できたら良いなと思っています。読んでくだされば嬉しいです。

ファームダック
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水鳥と龍猫        Empty 龍と猫とあひるの池 

投稿 by ファームダック Sun Jul 02, 2017 8:48 pm

 グースは〈黒池〉の水辺に座っていた。憎きライバル、ナダレと縄張り争いして逃げてきたのだ。ここを好むのはグースだけだった。水が嫌いな他の猫は、滅多に来ない。そのせいか、グースは水辺にいると落ち着くのだ。
 しかし今日は落ち着かない。何しろ先客がいたのだから。しかも、普通の猫じゃない。翼がある。
「泡沫は……」
 いつもこの池にいた、猫の言葉を話すあひるもいない。口を開けてみたが、あのあひるのにおいは、かすかにしか感じられなかった。
 グースはそろそろと変わり猫に近づいていった。薄い黒色の猫は魚を食べている。グースには気がついていないようだ。緑色の目は魚にしか向けられていない。
 黒猫は水を飲み始めた。グースは一気に間を詰め、驚かそうとした。
「あ」
 黒猫がこっちを見た。気づかれてしまった。
「初めまして」
 黒猫は気さくな笑みを浮かべる。グースはそれを睨み付けた。
「誰なの、あんた。……あっち行って」
「白い猫……」
 黒猫はぼそりと呟く。
「ねぇ、『うたかた』ってあひる、知ってる?」
 グースははっと驚く。どうして知っているのだろう。
「知ってるわ……それが何?」
「そのあひるからね、伝言を預かったよ」
 グースはまじまじと黒猫を見つめた。よく見たら、尻尾もなんだか変だ。
「聞きたい?」
 黒猫は首をかしげた。グースはうなずいた。
「なんでそんなに傷だらけなの?」
 黒猫は訊いてくる。
「どうでもいいでしょ。早くその伝言が何なのか言ってよ」
「やだ。答えてくれないなら教えてあげない」
 黒猫は意地悪に言った。グースは顔をしかめた。
「戦ったの。縄張りのために」
「縄張りが欲しかったの?」
「取り返そうとしたのよ。奪われたから。それより早く伝言を言ってちょうだい。そして早くここから出ていって」
「どうしてそんなに、ここを独り占めしようとするの? 猫一匹くらい、いたって構わないじゃないか」
 黒猫は図々しくも文句を言った。グースはいらいらと尻尾を揺らした。
「誰かいたら落ち着かないのよ! あたしが唯一、安心して眠れる場所なのに!」
 グースはそこまで言って、しまった、と思った。知らない猫に、自分の弱味を教えてしまったようなものだ。
「泡沫はね、旅に出ることにしたんだって。ここにはもう戻ってこないかもって」
 黒猫はグースの焦りに気付かず言った。グースは一瞬、黒猫の話を聞き流しそうになった。
「もう……戻ってこないって……?」
「うん。それから、ごめんって謝ってたよ」
 心に真っ暗な波が押し寄せてきた。グースは絶望で泣きたくなった。
「大丈夫?」
 よほどグースの顔色が悪かったのだろう。黒猫が声をかけてくる。
「どうして……本当に独りになっちゃうじゃない」
 黒猫がいるのも構わず、グースは嘆いた。
「泡沫と話すだけが癒しだったのに! 怪我も治してくれて、あたしの愚痴も聞いてくれて……。あたしが何もしてあげなかったから……」
 黒猫の視線が背中に刺さるようだった。うつむいたグースは、黒猫がどんな顔をしているのか見えなかった。
「あのさ……」
 黒猫が話しかけてくる。
「僕、暇だしさ、特にすることもないしさ、その、縄張りを取り返すの、手伝ってあげようか? これくらいしかできることないけど……」
 グースは顔をあげた。
「あんたみたいな意地悪で変な猫、信用できないわ! あっち行ってって、言ったでしょ!」
「僕もひとりなんだ」
 黒猫はぽつりと言った。
「ね、僕も一緒に戦うから。ここにいてもいいでしょ」
「いやよ。あんたこそ、どうしてここにこだわるの?」
「ここにいたら、泡沫にまた会えるかもしれないから。泡沫に、訊きたいことがあるんだ。あのあひるに」
 グースは黙りこくった。泡沫とこの猫にはどんな関係があるのだろう。この猫は何者なんだろう。
「もういいわ。勝手にして」
 グースはきびすを返した。池の反対側のまで行って、グースが使っていた薬草を、無理矢理食いちぎる。池の水を使いながら自力で手当てをした。しかし、一番痛い怪我をした背中に、うまく薬草を当てられない。いらいらして薬草を捨てた。すると、その薬草が拾いあげられる。
「ついてこないでよ!」
 グースは背中の毛を逆立たせた。緑色の目の黒猫が、口に薬草をくわえたままもごもごと喋る。
「薬草、当ててあげるから、みせて」
「自分でできるわ!」
「できなくて困ってるんじゃないの」
「困ってなんかいないわよ!」
 グースはうなる。一瞬黒猫が怯む。
「どうしてあたしに構うの!? あんたどこからきたのよ! 名前も知らないのに、一緒に戦うなんて、バカなの!?」
 黒猫はもじもじと前足を動かした。
「僕、名前無いよ……。どこからって言われても、よくわかんないし……」
 グースはそんな黒猫から目をそらした。自分のことを説明できない猫になんか、一切関わりたくない。
 グースはこの池からもう離れようと、立ち上がった。その瞬間、背中に鋭い痛みが走って、グースはよろめいた。その隙に、背中の傷に薬草が当てられる。その液がしみて、グースはぎゃっと叫んだ。
「僕ね、人間からもらった名前ならあるんだよ」
「……」
「『龍』って」
 黒猫はにっと笑う。グースは折れた。龍のしつこさに。この猫を振り切るのには相当な忍耐力がいりそうだ。
「君は?」
「……みんなからは、グースって呼ばれてるわ」

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水鳥と龍猫        Empty 滑り落ちる雪に遭う

投稿 by ファームダック Thu Jul 06, 2017 10:01 pm

 グースは自分の小さな縄張りまで戻ってきた。怪我の痛みはほとんど消えていた。龍に看病してもらったおかげである。その龍は遠慮がちに、後ろをこそこそついて来ている。グースはおっくうになって、わざわざ振り返ったりはしなかった。
 縄張りについてすぐ、グースは異変に気付いた。別の猫のマーキングが、縄張り内まで食い込んでいた。
「ナダレ……調子に乗って……いつか痛い目見せてやるわ」
 悔しく顔を歪めていると、「なんか呼んだ?」という声がした。振り向くと、ニヤニヤ笑っている灰色の猫がいた。
「あんた、またあたしの縄張りを奪おうとしているんでしょ! どこまでやったら気が済むの!」
「終わりなんてないわ。グースはほんと弱くて笑える」
 ナダレはグースの縄張りに入ってくる。
「入ってこないで!」
「じゃあ私に勝てばいいのよ」
 ナダレは爪を出した。グースはヒヤヒヤしていた。ナダレと戦うことに対してではなく、龍が飛び込んで来そうだったからだ。
「戦う気はないわ。早くここから出ていって」
「弱気になっちゃって。負けるのが怖いんでしょ」
 グースはうなった。ナダレのニヤニヤ笑いがさらに大きくなる。
「怖くない、怖くない、あはは」
 ナダレは煽り立てた。グースは馬鹿らしくなった。ナダレから視線を外そうとして、ナダレの後ろの影に気づいた。それは突進してくる。
「あっ……!」
 ナダレがグースの見ているものに気づき、後ろを向いた。そのせいで龍の体当たりを顔面にまともに受ける。
「きゃあああ」
 ナダレの悲鳴が轟いた。ついでに龍のうなり声も。だいぶ勢いがついていたのか、二匹は山の斜面をごろごろ転がっていく。グースは呆気に取られて、しばらく眺めていた。二匹が見えなくなってから、慌てて追いかける。
 斜面の下では、土と落ち葉まみれになった二匹が向かい合っていた。ナダレは背中の毛を立て、ものすごい形相で龍を睨み付けていた。
「気持ち悪い猫ね! 急に向かってきたとおもったら、こんな土まみれにしてくれて! おまけに、翼がある? あんた何なのよ!」
 ナダレはすごい勢いでまくし立てた。龍も威嚇するように、背中の毛を立てていたが、ナダレの勢いに押されたように寝かせていく。そしてチラッとこっちを見る。グースはいらっとする。ナダレに気づかれてしまうじゃないの。案の定、ナダレもこちらを見た。
「グース、あんたはめたわね!? いつもより弱気だと思ったら、こんな作戦を立てていただなんて! 今にズタボロにしてやるわ!」
「違うわ! 勝手にこいつがついてきただけよ! あたしは何も知らないわ!」
「嘘よ!」
 ナダレが矛先をグースに戻す。こっちに走ろうとしたとき、龍が間に入った。
「邪魔よあんた! 部外者のクセに、どきなさいよ」
「君のやっていることはいじめだ! さっき君の縄張りを見たけど、これ以上他の猫から取る必要はないはずだ。正当じゃない」
「だからあんたには関係ないでしょ!」
「関係なくない。グースに言ったんだ、僕も協力するって」
「何の話よ。よそ者のクセに。グースなんかと手を組んでも意味ないわよ」
 グースは耐えきれなくなって、叫んだ。
「どっちももうやめて! ナダレに縄張りを取られる筋合いはないし、龍が関わる必要もないわ!」
 しかし二匹は聞いていない。言い合いを続け、しまいには互いに威嚇し始める。
「もう……なんなのよ!」
 グースは苛立ちを通り越して呆れていた。ケンカが始まりそうな雰囲気である。グースには止める気はもうなかった。
「かかってきなさいよ! 言っておくけど、私はこの辺りの猫に負けたことは無いわよ!」
 ナダレはグースより体が一回りも大きい。実際、ナダレが負けているところは見たことがなかった。反対に龍の体格は、よく見るとグースとあまり変わらない。翼があるせいで、大きく見えるが。
「そんなこと言って後悔しても知らないよ。僕だって君のような姑息なヤツ、相手したけど負けなかったからね」
 龍が挑発すると、ナダレが怒りの声をあげて龍に殴りかかった。龍はそれをひらりと避ける。ナダレは素早く龍の側にまわり、その横腹を引っ掻こうとした。しかしそれも龍はかわす。龍はナダレの攻撃をすべてひらりひらりとかわしていく。自分の攻撃が当たらないナダレは、八つ当たりするように、どんどん攻撃を激しくする。喉を掻き切ろうとしたり、脇腹を深く引っ掻こうとしたり。当たれば死んでしまいそうな攻撃に変わっていく。龍は相変わらず逃げるのみで、自分から攻撃をしかけることはなかった。
「あんた、やる気あるの?!」
 ナダレの問いかけに龍は答えない。ナダレはだんだん疲れてきたようで、動きが鈍くなっていく。龍が攻撃しないために、ナダレの闘争心も削がれているようだ。
 と、突然龍が爪を出した。そして向かってきたナダレの顔に突き立てる。目の上に爪が食い込み、そのまま鼻まで赤い筋が引かれる。灰色の猫はよろめいた。さらに龍がナダレの上に覆い被さる。ナダレが脱出しようともがく。血が流れて片目が開いていない。龍が後ろ足でナダレを蹴り飛ばす。爪を出していたようだ。脇腹が縦に切り裂かれる。そんなに深くはない。だがナダレはうめいた。立ち上がろうとするナダレに、強烈なパンチが繰り出された。ナダレは転んだ。
「ぐっ……」
 ナダレは立ち上がらなくなった。怒りと悔しさのこもった眼差しで龍をにらむ。
「クソっ……あんたなんかに……邪魔者……」
「邪魔なのは僕じゃない。君だ」
 ナダレは尻尾で一発、地面を叩いて立ち上がり、くるりと方向転換し、早足で立ち去った。「いつかその翼、喰いちぎってやるわ! 覚えてなさい!」と捨て台詞を残して。
 グースは呆気に取られていた。あのナダレが、負けるなんて。あたしが何度戦っても勝てなかったナダレが、縄張りを奪わず立ち去ってくれるなんて。ありえないことだ。
 龍は呑気に毛づくろいを始めていた。戦ったが、全くの無傷である。
「龍……」
 グースは思わず彼を呼んだ。黒猫は手を止めて振り向く。
「あんた、ナダレを追い払うなんて」
 言葉に迷い、グースは言う。
「そのうち本当にやり返されるわよ」
 龍は微笑んだ。
「大丈夫だよ。僕がまた追い払うから」
 そうじゃない。別に自分を心配しているわけではないのだ。グースは落胆した。龍はこのままグースについてくるのだろうか。
 夜が明け始める。白んでいく空には、灰色の雲がかかっていた。

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水鳥と龍猫        Empty 山猫と牡牛と二匹の約束

投稿 by フォームダック(改名) Sat Oct 14, 2017 10:26 pm

「お前、また俺らの縄張り入っただろ」
 〈二本足〉の建物がたくさんある区域。グースはそこの猫たちに絡まれていた。とら柄の茶色の猫と、黄緑の目の白黒ぶちの猫が、目の前で仁王立ちしている。
「どうせまた盗んだだろ、返せ」
 言いがかりをつけてくる二匹に、グースは困惑していた。
 この状況、逃げたところで、こいつらはいつまでも追ってきて、結局戦うことになるんだろう。
 グースは戦うのは好きじゃない。誰にも勝ったことがないからだ。しかし、この辺りの猫はずいぶん好戦的で、すぐにケンカに持ち込もうとする。
「何もしてないわ。〈金銀様〉に誓って」
 〈金銀様〉というのは、この辺りの猫を見守っているとされる神である。金色と銀色の目を持っているとされるから、〈金銀様〉らしい。もっとも、グースは神など信じていないが。
「お前、ウソついてねぇだろうな?」
「ウソかどうかなんて関係ねぇよ、オーシ。ぼこぼこにしちまおうぜ」
 グースは後ずさった。これ以上ケガするのはごめんである。しかし助けてくれるような猫はいない。今からこのあたりをまとめる長老に会いに行くところだったのだが、龍にはなんとなく知られたくなかった。だから龍が寝ている隙に出かけたのだ。龍が現れて助けてくれる訳がない。
 リンクスが殴りかかってくる。グースは大きく避けて、その後にまわった。オーシがグースに飛びかかってくる。逃げ切れず、グースは頬を切った。そしてリンクスの体当たりをまともに受け、ぶざまに地面を転がった。
「やっぱり弱ぇな」
 リンクスがニヤニヤと笑う。「お前の親は誰にも負けなかったって、嘘みてぇだ」
「あんなヤツに似なくてよかったわ!」
 グースは返す。
「ああ、全く似てねぇな。そんなクソ親を持ったから、戦い方を教えてくれる者もいなかったんだろう。あぁかわいそうに!」
 リンクスはわざとらしく嘆いてみせる。グースはカッとなってリンクスに突進した。しかし彼は無駄のない動きでグースを避けた。グースは勢いを殺せず、地面に背中を強打した。
「俺たちに歯向かおうなんて10年早い。わかったら二度と顔をみせるなよ」
 オーシが歯を見せて凄んだ。グースは怯む。背中が痛んだが、急いで二匹が見えなくなるところまで逃げた。
 グースは茂みに隠れてすりむいたところをなめた。悔しくてしかたがなかった。グースは他の猫に絡まれてケンカをする頻度が高い。それは彼女の親のせいであった。グースの父親は「グリズリー」と呼ばれた、凶暴な猫だ。他の猫を殺して縄張りを奪い取ったり、長老を脅して自分がこの辺りを支配しようとしたのだ。グリズリーはグースが産まれたあと、突然いなくなった。長老は人間にさらわれた、と予想していた。グースの母親も、グースに狩りのしかただけ教えて、そのままどこかに行ってしまった。
 グースは生来、独りぼっちだった。
「ねぇ」
見慣れた黒猫が茂みからひょっこりと顔を出した。グースは驚いて飛び上がった。
「何かあったの?」
 龍は心配そうに丸い目を向けてきた。
「何も無いわよ。あんたこそこんなところまで何しにきたの」
「だって……目が覚めたらいなくなってたんだもん。心配になって」
「あんたに心配される筋合いなんかないわ!」
 グースはぷいと背を向けた。しかし龍がわざわざ覗き込んでくる。
「僕ならきっと勝てたよ。どうして僕を置いていったの」
「あんたが邪魔だからよ! あたしには一匹で行動したいときもあるのよ! いつもいつも付きまとわれたら困るの!」
 龍は少し面食らって、黙った。
「お願いだからいちいち構ってこないで!」
「でもさ、僕がいなかったら今度は別の猫に邪魔されるんじゃないの?」
 龍は首をかしげた。グースはぐっと押し黙る。すると龍が突然ぱっと目を輝かせた。
「そうだ! グースが一匹で行動できるようになればいいんだ!」
龍はニコニコ笑った。グースはそんな龍を睨み付ける。
「一匹で行動できないなんて決めつけてるのはアンタでしょ」
 そんなグースを無視して龍は続けた。
「僕が戦いかたを教えるよ! 他の猫に絡まれても大丈夫なように!」
 龍はグースの目を真っ直ぐ見つめた。グースはどきっとして目をそらした。
 確かに、それはいいかもしれない。ナダレと戦って余裕勝ちしたところをみると、かなり強いんだろう、龍は。教えてもらえれば、せめて自分の縄張りくらい守れるくらいには強くなれるかもしれない。あわよくばあのナダレにも……。
「じゃあ……」
 グースはおもむろに振り返って龍の目を見つめ返した。
「お願いするわ。代わりに、あたしの縄張り内で自由に行動しても怒らない」
 龍はうなずいた。

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