あなたに捧ぐ、春の花

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あなたに捧ぐ、春の花

投稿 by ウィンターリーフ@冬葉 on Sun Aug 19, 2018 3:07 pm




あなたに捧ぐ、
春の花










「ーーお父様…? いま、なんと」
 青ざめた顔で華奢な雌猫が口を開いた。眼前に座る父、正しくは一族の長に驚きで真ん丸く見開かれた目を向ける。
「言った通りだ。…お前には、ウィンター族との協定と親睦の象徴になってもらう」
 低く紡がれた声に、雌猫が愕然と呟いた。
「それはつまりーー」
 ーーわたしに、敵の部族へ嫁げと言うのですか。

 カラカラになった口内を潤そうとなんとか唾を嚥下し、ゴクリと喉が鳴る。そんな娘の状態に耳一つ動かさず、長は言った。

「婚儀は明日、スカイロックの場で行う。あちらも了承済みだ。おまえに拒否権は、ない」
 わかったな。
 冷たい月に見下ろされ、雌猫は否定の言葉を発することもできず、従順に頷いた。


 



 ○ ○




 ここ、シーズンの森には四つの猫の部族が存在する。不思議なことに、それぞれの部族の土地は四季のうち一つの季節の状態を現している。
 ひとつはスプリング族。春を抱いて生まれた猫たちの一族で、淡く華やかな毛色と細っそりした体躯が特徴だ。敷地の殆どが花で囲まれ、蝶が飛び交い、小鳥が唄う。春の女神に祝福された土地として、猫以外の動物からも人気である。性格は温厚で親しみやすく、自由奔放な面者が多い。美猫の多さでは一番を誇る。
 ふたつめはサマー族。夏を抱いて生まれた猫たちの一族で、濃く鮮やかな毛色と細長い体躯が特徴だ。敷地は四つの部族の中で唯一川を保持し、大きな樫の木が印象的。少々暑いが湿度は低く過ごしやすい。性格は器が広く元気が良いが、賭け事が盛んで喧嘩っ早い者も多い。
 みっつめはオータム族。秋を抱いて生まれた猫たちの一族で、落ち着いた色合いの毛と小柄な面が特徴だ。秋の紅葉の景色が幻想的で、雰囲気はやや物悲しい。銀杏の木のトンネルが有名。性格は落ち着いていて、生真面目。荒事は不得意だか、治療の腕は一番。
 最後はウィンター族。冬を抱いて生まれた猫たちの一族で、寒色系の色の毛色と引き締まった体躯が特徴だ。あたり一面の冬景色で、雪が絶え間なく降り続く。寒さに強い猫たちで、その分逞しい。四つの部族の中で一番の戦闘力を誇ると言う。性格は冷徹で親しみにくい。頭が良く、残忍な面があると言われ、忌避されている一族だ。

 そして、その中央に存在するのがスカイロック。四つの部族の二月に一度の集会の場となり、様々な儀式を執り行う。このスカイロックには二人の責任者がおり、名義上ではこの森で最も偉いものとなっている。


 さて、この四つの部族、なにも全員が仲良しこよしと言うわけではない。今のところスプリング族とオータム族が仲が良く、サマー族とスプリング族がもう一歩というところだ。一応、四つの部族はそれぞれの特産品を各部族に送り合う、交易なるものはやっている。しかし近年、他部族へ渡航なる逃亡を企てる輩が少なくなく、古くからの掟が崩れようとしている。猫は、一度生を受けたら一生その部族で生涯を全うしなくてはいけないのだ。
 その問題を受け、部族に新しい風が吹いた。スカイロックでの集会で、決議が下された。
『新しい世を作るための第一歩として、部族の娘を他部族へ嫁がせよーー』

 新しい世、新しい決まり。大人たちが作り上げた聞こえの良い新しい世界作りに贄として投げ出されたのは、まだ年若い雌猫たち。

 その始まりとしてまず、スプリング族の娘がウィンター族へ嫁に行くーー






ーー後書きーー

初めまして、ウィンターリーフと申します。神出鬼没かつ不定期更新の私ですが、この物語は長期にはならない予定です。
このお話は人で言うところの、お貴族様の政略結婚みたいなものでしょうか。家同士で決められた相手に嫁ぐーーという王道ものの恋愛小説ですが、猫ですので! 細かい設定等、粗が多く綻びばかりですが、あまり気にせず読んでいただけると嬉しいです。
ではでは、これにて失礼致します。
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Re: あなたに捧ぐ、春の花

投稿 by ウィンターリーフ@冬葉 on Sun Aug 19, 2018 4:20 pm

1.









ーー今宵は満月。
 息がつまる程の闇夜に煌々と浮かぶは、まん丸の月。それを彩るかのように散りばめられた星々は、誰よりも眩く輝かんと自己主張に勤しむ。
 そんな美しくも怪しげな夜空の下、多くの猫たちがひしめき合っていた。よくよく見ると猫たちの集団は四つに分かれており、皆一様に前方の岩へ目線を向けている。
 はて何事や、とお月様も覗き込む中、着々と式の準備はなされていた。

 スカイロックの裏側で、緊張に顔を青くした娘がひとり。娘の名を、フィリアと言った。スプリング族の長の一の娘で、部族一の美姫と謳われる、今宵ウィンター族に嫁ぐ猫である。蜂蜜色のふわりと柔らかな毛に、優美な尻尾。足先だけ白く、大きな目はよく晴れた日の空色。形の良い三角形の小さなお顔、すらりとした細身の体躯はしなやかで、優雅な気品に溢れている。
 そんな美猫フィリアだが、今は不安と恐怖に小さく震えていた。何故なら、冷徹で残忍だと噂されるウィンター族にこれから嫁ぐのだから。
 まだ顔も合わせたことのない相手に期待と不安が浮かぶ。じりじりと待たされるだけのその時間が、フィリアにとって拷問に等しかった。
「そろそろだ」
 前方にいた父の声に、フィリアは我にかえる。こちらを見据える父は高揚と期待に浮き足立っており、娘の心情など知りもしない。そんな父に傷付きながら、フィリアは家族とはこんなものだったのだろうかとーー小さく、考えていた。

 恵まれていた、のだろう。
 生まれた時から一族の長の娘として、確固とした地位を獲得していたのだから。優しく無知な母に、他者に厳しく自分に甘い父。優しいが面倒を嫌う兄に囲まれ、フィリアは生きてきた。しかし、フィリアはよく変った子と揶揄され、あろうことかスプリング族らしくないと言われたことがあったのだ。
 その時のフィリアはまだ生後六ヶ月程だったか。乳母に、言われたのだ。考えることが好きで外の世界に興味があって、確固とした自我を持ったフィリアを見て、不思議そうに笑ってーー
 今思えば乳母に悪気はなく、思ったことを言っただけだったのだろうが。『お嬢様はまるで、全ての部族の性格を受け継いで生まれたようね』その言葉が、それからのフィリアの在り方を変えてしまった。
 父はフィリアが賢くあることを嫌った。ウィンター族ではないのだから、と。母は外を知ろうとすることを嫌った。スプリング族は能天気が一番なのよ、と。まるでそれは、自分からスプリング族の形に嵌まろうとするかのようだった。
 古くからの掟と伝統に縛られ、己の性格を決めることもままならない。ここは、そんな場所なのかーーとフィリアは愕然とした。

 だから、とフィリアは震えながら嘆息する。これで良かったのではないかと。父、母は異質なフィリアを追い出せて良かったと思っているのではないか。異質な娘を捧げた代わりに、娘よりも良い利益が降ってきた、と。まあそこまで考えているかもわからないけど。
 父の促すような尻尾を振り払って、自分からスカイロックに登る。これを登った先に、フィリアの結婚相手が現れる。


 ーーまず、目に入ったのは。
 眼下に犇めく、沢山の猫たち。闇夜に興奮したような無数の目がギョロギョロと光り、混ざり合った匂いに一瞬怖気付く。しかし歓声がフィリアの後戻りを許さない。フィリアは覚悟を決めてしっかりと猫たちを見据えた。
 ーー大丈夫。
 心の中で唱え、スプリング族の姿を探すが、その前に一際大きな歓声が上がった。本能的に顔が、横に向く。

「ーー」
 感嘆のため息は、虚空に消えた。
 美しい、雄猫がそこには在った。美しかった。スプリング族とは全く質の違う美しさに、フィリアは束の間呼吸も忘れた。
 滑らかな黒い毛並みが、風になびいて揺れる。すらりとした体躯は筋肉に包まれ、雄猫が歩く度にその強さを感じさせる。そしてーーこちらを認めた、その眼光の鋭さといったら!
 強い強い視線に、フィリアは目を離せずにいた。鋭く綺麗な紫水晶に吸い込まれるようだった。溶け合うように触れ合うように、フィリアと雄猫は互いに近づきあった。

「これより!! スプリング族とウィンター族の和平を望んだ! 婚儀を始める!!」
 スカイロックの代表者の声に、わーっと歓声が湧く。歓声は波のように押し寄せ、この結婚の歓迎を表していた。無数の目が無遠慮にフィリアを舐め回して、フィリアは堪らず目を伏せた。
 推し量ろうと、一目見ようと、そんな暴力的な視線から身を守るように、フィリアは岩に爪を立てて堪える。
「大丈夫か」
 耳元で囁かれた声に、フィリアはびっくりして顔を上げた。なんと、ウィンター族の雄猫であった。雄猫は一回り小さなフィリアの目を覗き込むように首を曲げ
「辛いだろうが、耐えてくれ」
 
 ーー冷徹とは、誰が言ったのだろうか。
 紫水晶はこんなにも優しくて、こちらを慮っているのに。
 心優しい気遣いにフィリアは驚いたのち、小さく微笑んだ。
「大丈夫です、お気遣いありがとう」
 なら良かった、と目元を緩ませた雄猫が再び前を向くのを見ながら、フィリアは目を瞬かせた。
 ーー噂なんてあてにならないものね。
 少なくとも怖がる心配はなさそうだと安心したフィリアは、今度は俯くことなく堂々と前を向いた。


 ○ ○



「スプリング族のフィリア、ウィンター族のユリウス、議会の決定に基づき、結婚を認める!!」

 始まりはひどく無機質で、新しい風のために利用された、愛のない結婚だった。
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Re: あなたに捧ぐ、春の花

投稿 by ウィンターリーフ@冬葉 on Sun Sep 16, 2018 4:07 pm

2.







式の翌日、フィリアはウィンター族に嫁ぐ準備をしていた。部屋の中には身仕度を整えるフィリアを満足気に見つめる父と、今か今かと迎えを待つ母。兄はウィンター族に我が美しさを見せるとか何とかでどこかに引っ込んでいる。
 毛並みを整え、以前より作製されていたと言う花冠を頭に乗せ、不快感をやり過ごす。くすぐったく、甘ったるい匂いが鼻に直撃してくるのだ。一輪であれば良い香りのものも、何本も合わせてしまえば毒だ。

「うん、綺麗よフィリア」
 そう言って母が近づいて来てフィリアの額を軽く舐めた。
「幸せにおなりなさい」
「…はい、お母様」
 それ以外、何と答えればいいのか。
 フィリアは美しい碧眼を伏せ、黙って言葉を受け入れた。
 ーー私の意志はどこへ行けばいいの?
 それさえ口に出せれば、何かが変わっていたのだろうか。けれど結局、フィリアは何もかも諦めることに決めた。それはつまり、家族に期待することを辞めた瞬間だった。


 ○ ○


 ちょうど正午にウィンター族の一団がやって来た。先頭に居るのは族長の息子だと言った、フィリアの婿ユリウスだった。その姿を見て、隣に立つ兄が身体を強張らせる。自信満々であった目が彼の姿を認めるなり翳り、尻尾がだらしなく垂れ下がった。フィリアと同じく、違う雰囲気を纏った美貌にしてやられたのだろう。何となく可笑しい気持ちになり、フィリアはそっとユリウスに笑いかけた。
「…私の花嫁を迎えに参りました」
 フィリアの笑顔に目を見張りながら、ユリウスが恭しく頭を垂れながら述べる。
 ーーやっぱり、綺麗だわ。
 所作も口調も丁寧で、闇色の毛皮は艶やかだ。なぜウィンター族が冷徹などと言われるのだろう、と改めて不思議になる。

「まあまあ、いらっしゃい! 遠くからご苦労さま」
 はしゃいだような母はぴょんぴょん飛び跳ねて、まるで子猫のようだ。このような場で何を、と嗜める者はいない。ウィンター族の雄猫たちは耳をピクリと動かしたものの、スプリング族だからと無礼を許す。ユリウスは笑って
「いえ、このような美しい場所を見られたのです。花香り小鳥が歌う…正に楽園のような場所ですね。苦労などとうに吹き飛びました」
 本心であるのだろう。ユリウスと三匹の雄猫たちはもの珍しげに辺りを見回し、目を輝かせている。
 それを見かねた父が笑顔で
「敷地を案内させますね。普段見られない景色を楽しむと良いでしょう」
 と兄に先導を任せる。
 スプリング族の猫たちに見慣れてしまったからだろうか。ウィンター族の持つはっきりとした寒色系の毛が浮いて見える。まるで、ユリウスたちが主役で背後の景色が霞むようだった。

 フィリアも真似してあたりを見回し、小さく溜息を零した。
 ーーこれが、最後になるのかもしれないのだから。しっかり目に焼き付けておかないと。

 ーー美しく、ただ美しくあれば良いのだというスプリング族は汚い面を毛嫌いし徹底的に隠そうとする。故に、本来重宝されるはずの看護猫も敷地の隅へと追いやられ、蔦のカーテンで何重にも覆われている。特に排泄の場は厳しい。誰もが悟られることのないようにと足を忍ばせ、用を足しに行く。そうして毎日汚いものを生み出す自分の身体を呪うのだ。
 フィリアはふらりと、蔦のカーテンに吸い寄せられるように向かう。フィリアの唯一の友達であり、忌避される看護猫にお別れを言いたかった。唯一のスプリング族ではない看護猫は、不思議で冷たいけれど、いつだってフィリアを邪険にしなかった。自分が疎まれようと、治療しても感謝されなかろうとも気にしない。いつも飄々としていて、底の見えない目で笑う。そんな彼に最後に会いたくて、蔦のカーテンに一歩足を踏み入れた時だ。
「ーーフィリア!!」
 怒声が響き、強い力で尻尾に噛み付かれた。
 ハッとして振り返ると恐ろしい形相の父がいた。
「おまえは今日という日までそこに行くのか…!! やめよと言う父の言葉も聞けぬのか!!」
「父、さま…」
 さあっと顔が青ざめる。そうだった。私は、あの看護猫に会うことを禁じられていたのだ。長の娘のする行動ではないと、ひどく叱られて。
「おまえの婿であるユリウス殿もいるところで、よくもそんな真似を…」
 その間にチラとユリウスたちを盗み見てこちらに気づいていないことを確認し、フィリアは噛まれた尻尾をくるりと巻いた。真正面から父に向き合うと、深く息を吸う。
「お父様」

 ーーいつ振りだろうか、と頭の片隅で考える。思い返せば、私はいつも、この父の前では体を小さくし怯えていた。正面から見据えたことなど、あの時以来だった。
 温かみのない色だと思う。スプリング族の持つ色は暖色系なのに、全く温かくない。これならばウィンター族のユリウスの目の方が優しい。こちらを慮るような、優しい優しい紫水晶。はじめての色は、私を包むように迎い入れてくれた。
 その色を思い出しながらフィリアは言った。
「お別れをさせて下さい。私はもう、ここには帰れませんから」
 一度瞼を伏せてからゆっくり見上げる。厳しい顔の父が小さくたじろいだのがわかった。



 ○ ○



 ユリウス殿たちの相手をしている。出来るだけ手短に済ませろ、との父の声を背に浴びながら、蔦のカーテンを潜った。

 ーーその途端、むわりと薬草の匂いに包まれた。

 眼前に広がるは、硬い石の壁に囲まれた小さな部屋だ。奥の石棚に様々な種類の薬草がきっちりと別れて置かれ、壁にはしる蔦が白い花を咲かせている。匂いの根源のほとんどはこれ、と忌々しそうに教えてくれた彼がーーそこに座っていた。

「ーーやあフィリア。久しぶり」
 変わらずの無表情に、大気に溶け込むような静かな声。静謐な眼差しに身体が震えた。帰ってきた…とフィリアは思った。
 嬉しさにピンと耳が立つのを感じながら、急ぎ足で彼に近づき鼻を触れあわせる。至近距離で交錯する視線にふっと笑みが零れた。
「とても….会いたかったわ」
「それは光栄だね、長の娘に気に入られるなど誉れだ」
「やだわ、もう! からかわないで」
 お互いに笑って顔を離し、フィリアは坐り直す彼を盗み見た。これが、最期なのだ。言うべく言葉が見つからずに、フィリアは視線をただただ彼に向ける。

 秋を彷彿とさせる栗色の毛はいつも薬草の香りがする。首元に白い斑点があるのを知るのは私だけで、彼は飄々として見えるけど以外と寂しがり屋なのだ。
「ねぇ…」
 ルークス、と続けようとした声は予想外の返答に遮られた。




「 」




ーーそれからはいつも夢を見る。
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