WARRIORS BBS
Would you like to react to this message? Create an account in a few clicks or log in to continue.

終わりと始まり 1-1以前、4-6以降

Go down

終わりと始まり 1-1以前、4-6以降 Empty 終わりと始まり 1-1以前、4-6以降

投稿 by フィッシュポー Sun Jul 12, 2020 12:13 pm

登場猫紹介
 〈昔のサンダー族〉
族長  ライオンスター(ライオンの星)     黄金色の雄猫。目は琥珀色。戦士名はライオンシャドウ
副長  セッジテイル(スゲしっぽ)       茶色い雌猫
看護猫 シャドウウィスパリング(影のささやき) 黒と茶色の雌猫。弟子はブルックポー(小川足)
戦士  スカーフェイス(傷跡顔)        白と灰色の雄猫
    ソーレルペルト(栗色毛皮)       栗色の雌猫
    テイルファー(しっぽの毛)       ふさふさしたしっぽを持った、ハチミツ色がかった茶色の雌猫
    ハニーレイン(ハチミツの雨)      ハチミツ色の目をした灰色と白の雌猫。スカーフェイスの娘
    ブルートード(青いカエル)       青い目をした薄い栗色の毛の雌猫。ソーレルペルトの妹
    ライトニングサウンド(雷の音)     黒と白の雄猫。弟子はウィングポー(翼足)
    ブレイズハート(炎の心)        黒い雌猫。気性が激しい
    ブラックフェザー(黒い羽)       琥珀色の目をした、黒い雄猫。テイルファーの兄
母猫  シャインアイス(輝く氷)        灰色と白のまだら模様の雌猫。グレートキットの母親
    ファーグレー(灰色の毛)        淡い灰色の雌猫。ハートキットとペルトキットの母親

〈終わりのサンダー族〉

族長  トゥウィンクルスター(きらめく星)   黒い雌猫
副長  ブルーウィング(青い翼)        赤茶色の雄猫
看護猫 ロックアイ(岩の目)          灰色の雄猫。弟子は三毛猫のドリームポー(夢足)
戦士  ヴァイオレットストーム(紫の嵐)    紫がかった目をした、灰色の雄猫
    グレースモーク(灰色の煙)       濃い灰色の雄猫
    ラージアウル(大きいフクロウ)     大柄な茶色と黒の雄猫
    フラワードリーム(花の夢)       薄い灰色と白と茶の三毛柄の雌猫
    ファーンリヴァー(シダ川)       白と赤茶色の雌猫
    グリーンフォックス(緑の狐)      緑色の目をした、薄い茶色と褐色の雌猫
    スカイハート(空の心)         水色の目をした、焦げ茶色のとら柄の雄猫。弟子は、ショウガ色の雌猫のウォーターポー(水足)
母猫  ファングシャイン(輝く牙)       白と灰色のぶち柄の雌猫。ウェーブキットとシャインキットの母親

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

初めまして。ミッキーポーです。
小説を投稿するのは初めてなので、読んでくださる方がいたら嬉しいです。
時間のある時に更新していきます。
よろしくお願いします!

フィッシュポー
未登録ユーザー


トップに戻る Go down

終わりと始まり 1-1以前、4-6以降 Empty Re: 終わりと始まり 1-1以前、4-6以降

投稿 by フィッシュポー Sun Jul 12, 2020 1:36 pm

さっそく名前を間違えました!

ミッキーポー→フィッシュポー

ごめんなさい💦

フィッシュポー
未登録ユーザー


トップに戻る Go down

終わりと始まり 1-1以前、4-6以降 Empty Re: 終わりと始まり 1-1以前、4-6以降

投稿 by シャイニングナイト Sun Jul 12, 2020 2:31 pm

こんにちは!( ゚▽゚)/シャイニングナイトです!
名前がいいですね!更新頑張って下さい!
シャイニングナイト
シャイニングナイト
ライオン族
ライオン族

投稿数 : 1286
Join date : 2020/04/14
所在地 : Twitter

トップに戻る Go down

終わりと始まり 1-1以前、4-6以降 Empty Re: 終わりと始まり 1-1以前、4-6以降

投稿 by フィッシュポー Sun Jul 12, 2020 3:10 pm

プロローグ

 炎の影が見える。グレートキットはしなやかに跳び、その影を捕まえようとした。体が軽い。もう戦士になったような気分だった。自分は強くて、しなやかだ。どんな奴にも負けはしない。
        -・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
 水があふれそうだった。水はゆらゆらと踊り、うねる。ウォーターポーはその水に触れようと足をのばした。きらめく水が足にかかる。ウォーターポーはとたんに解放された気分になった。どこまでも走っていけそうだ。どこまでも。
        -・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・ー
「ブルースター」
「よく来たわね。なにか不安なことでもあるの?」
「おれは心配なんです」
「…一族のことね」
「あと、その前のお告げのことも」
「ああ、結局、あれは誰が告げたのか分からないままね」
「スター族にも分からなかったんですね」
「ええ…。分かっているのは、火のかわりに水が一族を支える、ということだけ」
「……」
「つまり、あなたの生まれ変わりということよ。ファイヤスター」
「水…。おれが九つ目の命を失った瞬間に生まれた子猫なんていない」
「もっと後に生まれるの。あなたの時代より、はるかに時が進んだ部族に」
「時が進んだ部族、か。サンダー族は存続しているのでしょうか」
「それに関しての心配はいらないわ、いまのところ。部族の猫たちは賢い。いかなる危機にも立ち向かって、生き延びているわ」
「そうですよね。部族猫が滅びることは決してない」
「……!!ファイヤスター!」
「どうしたんですか?」
「たった今、グレートオークの魂が消えたわ!」
「もうとっくに切り倒されて消えたいたんじゃないんですか?」
「いいえ、魂は猫たちについていったのよ。その魂が消えて…。まあ、驚いた」
「何が起きたんです?おれにはよく分かりません」
「子猫に宿ったわ」
「グレートオークの魂が?」
「ええ。何かが起こる。とても大きな何かが」
「大いなる力か。星の力だけで、もうじゅうぶんだというのに」
「何を言っているの、ファイヤスター。サンダー族は再び強大な危険にさらされるわ。しかも今回は免れようがない。力を持った者たちが、一族の形を変えていかなければいけない」
「そんなことが起きるのですか?サンダー族が滅びるわけがないと、さっき確信したばかりなのに!」
「ごちゃごちゃ言っていられない。さあ、初仕事よ、ファイヤスター。未来の猫たちにお告げをしにいくのです」
「おれは、サンダー族を救うためにはなんでもします」
「その意気よ。わたしは過去にむかうわ。古き魂を見つけ、従うようにお告げをしないと」
「…ブルースター、きっと今度も、サンダー族は乗り越えられますよね?」
「信じるしかない。水と、グレートオークの魂を…」

夜空を、星をまとった二匹の姿が消えていった。

フィッシュポー
未登録ユーザー


トップに戻る Go down

終わりと始まり 1-1以前、4-6以降 Empty Re: 終わりと始まり 1-1以前、4-6以降

投稿 by フィッシュポー Sun Jul 12, 2020 3:12 pm

プロローグ

 炎の影が見える。グレートキットはしなやかに跳び、その影を捕まえようとした。体が軽い。もう戦士になったような気分だった。自分は強くて、しなやかだ。どんな奴にも負けはしない。
        -・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
 水があふれそうだった。水はゆらゆらと踊り、うねる。ウォーターポーはその水に触れようと足をのばした。きらめく水が足にかかる。ウォーターポーはとたんに解放された気分になった。どこまでも走っていけそうだ。どこまでも。
        -・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・ー
「ブルースター」
「よく来たわね。なにか不安なことでもあるの?」
「おれは心配なんです」
「…一族のことね」
「あと、その前のお告げのことも」
「ああ、結局、あれは誰が告げたのか分からないままね」
「スター族にも分からなかったんですね」
「ええ…。分かっているのは、火のかわりに水が一族を支える、ということだけ」
「……」
「つまり、あなたの生まれ変わりということよ。ファイヤスター」
「水…。おれが九つ目の命を失った瞬間に生まれた子猫なんていない」
「もっと後に生まれるの。あなたの時代より、はるかに時が進んだ部族に」
「時が進んだ部族、か。サンダー族は存続しているのでしょうか」
「それに関しての心配はいらないわ、いまのところ。部族の猫たちは賢い。いかなる危機にも立ち向かって、生き延びているわ」
「そうですよね。部族猫が滅びることは決してない」
「……!!ファイヤスター!」
「どうしたんですか?」
「たった今、グレートオークの魂が消えたわ!」
「もうとっくに切り倒されて消えたいたんじゃないんですか?」
「いいえ、魂は猫たちについていったのよ。その魂が消えて…。まあ、驚いた」
「何が起きたんです?おれにはよく分かりません」
「子猫に宿ったわ」
「グレートオークの魂が?」
「ええ。何かが起こる。とても大きな何かが」
「大いなる力か。星の力だけで、もうじゅうぶんだというのに」
「何を言っているの、ファイヤスター。サンダー族は再び強大な危険にさらされるわ。しかも今回は免れようがない。力を持った者たちが、一族の形を変えていかなければいけない」
「そんなことが起きるのですか?サンダー族が滅びるわけがないと、さっき確信したばかりなのに!」
「ごちゃごちゃ言っていられない。さあ、初仕事よ、ファイヤスター。未来の猫たちにお告げをしにいくのです」
「おれは、サンダー族を救うためにはなんでもします」
「その意気よ。わたしは過去にむかうわ。古き魂を見つけ、従うようにお告げをしないと」
「…ブルースター、きっと今度も、サンダー族は乗り越えられますよね?」
「信じるしかない。水と、グレートオークの魂を…」

夜空を、星をまとった二匹の姿が消えていった。

フィッシュポー
未登録ユーザー


トップに戻る Go down

終わりと始まり 1-1以前、4-6以降 Empty Re: 終わりと始まり 1-1以前、4-6以降

投稿 by シャイニングナイト Sun Jul 12, 2020 3:28 pm

お、なんだか不思議な展開ですね!
グレートオークの魂?!なんなのか気になります!
シャイニングナイト
シャイニングナイト
ライオン族
ライオン族

投稿数 : 1286
Join date : 2020/04/14
所在地 : Twitter

トップに戻る Go down

終わりと始まり 1-1以前、4-6以降 Empty Re: 終わりと始まり 1-1以前、4-6以降

投稿 by フィッシュポー Thu Jul 16, 2020 8:24 am

第1章
 水のしたたるコケをくわえたロックアイが空き地を横切っている。彼が歩いた後にしずくが飛び散り、跡が残る。
「ドリームポー!どこにいるんだ?」
看護猫は叫んだ。すると、保育部屋から三毛猫の頭がのぞき、「ここですよ」と言った。口をもごもご動かしている。薬草を噛んでいるようだ。
 空き地のど真ん中でひなたぼっこをしていたウォーターポーは立ち上がった。忙しそうな二匹に向かって大声で話しかける。
「ロックアイ、ドリームポー、何か手伝うことはありませんか?」
ロックアイが保育部屋に入っていきながら言った。
「助かるよ!コケを水にひたして持ってきてくれ——できるだけたくさん!」
ウォーターポーは看護部屋へ駆け出した。つい、足取りがはずむのを感じる。これはウォーターポーにとって始めての体験だった。一族の母猫、ファングシャインがお産を迎えたのだ。新しい生命の誕生は、とても素晴らしいものだ、と皆口をそろえて言う。ウォーターポーは子猫に会いたくてたまらなくなった。猛々しい戦士さえもが可愛がる存在って、どんなものなんだろうか?
 看護部屋につくと、さっそく壁の割れ目からコケを取り出した。前にグリーンコフが流行った時、ウォーターポーたち見習いはコケをたくさん集めて届けていたから、勝手は分かっていた。コケをくわえると、水たまりにひたして、しばらくすると取り出す。その作業を何回か繰り返し、十分な量のコケが集まると、ウォーターポーは看護部屋を飛び出した。次は保育部屋だ。くわえているコケは、ひんやりとして気持ちがいい。
((ウォーターポー))
不意に、心の中に声が響いた。いつものことだ。ウォーターポーは水と精神的なつながりを持っていた。水に触れると、その声が心の中で溢れ出す。
((新しい命が生まれるんだね))
ウォーターポーは心の中で返した。
((ええ、そうよ。今から楽しみだわ))
 保育部屋に入ると、すでにそこは混雑していた。ファングシャインの他に、ロックアイ、ドリームポー、テイルファーがいた。ロックアイはファングシャインのお腹をさすり、ドリームポーは薬草を飲ませようとしている、テイルファーは、心配そうに戦士仲間を見ていた。ぬらしたコケでその体をなでてやっている。ウォーターポーはロックアイのそばにコケを置いた。
「ロックアイ、持ってきました」
声をかけると、ロックアイはしっぽを振って感謝を表した。表情は真剣だ。
「ファングシャインの具合はどうなの?」
若い看護猫の険しい顔を見て、ウォーターポーは不安になった。ドリームポーに小声で聞く。
「あまりよくない」
雌猫は短く言った。普段あまり感情を見せないドリームポーだが、目に焦りが浮かんでいる。ウォーターポーは震えた。ファングシャインはどうなってしまうんだろうか。まさか、死んでしまうの?新しい命とひきかえに、かけがえのない命が失われるなんて嫌だ。人生初のお産に立ち会う勇気が無くなってきた。
「ウォーターポー、そこをどくつもりがないならテイルファーのかわりをやってくれないか?テイルファー、もしよければケシの実を持ってきてくださいませんか?お産のあとに必要かもしれない」
テイルファーはうなずいて立ち上がり、つかんでいたコケをくわえて出て行った。ウォーターポーはテイルファーがいた場所に体を滑り込ませ、見よう見まねで母猫の体をなでた。その毛皮はびっくりするほど熱く、思わず肉球をなめてしまった。
「熱がすごいんだ。とりあえず冷やしてくれ」
ロックアイはお腹をさすり続けながらいった。ファングシャインの腹は大きくふくらみ、波打っていた。
「ロックアイ、やっと薬草を飲み込んでくれました」
ドリームポーが報告した。ひげや前足が薬草まみれだが、気にしていないようだった。ロックアイ、弟子にうなずき、母猫になにやら声をかけた。ファングシャインが小さくうなるのが聞こえた。
「ファングシャイン、がんばって!」
ウォーターポーはファングシャインに聞こえるように、大きな声で言った。雌猫の耳がぴくりと動く。苦しそうだが、体力はまだあるようだった。さすが若い戦士だ。
「もうすぐだ」
ロックアイが緊張した声で言った。三匹は動きをとめた。ロックアイは小声で母猫を励ました。ファングシャインがうめきだす。「痛い…!」ウォーターポーは思わず目をそらした。かわいそうなファングシャイン。誰もその苦痛を分かりあうことが出来ない。新しい生命には出会いたいが、一族の仲間が苦しんでいるのを見るのは気分が悪い。
「無理しないで」
ドリームポーが言った。ファングシャインに言ったのか、ウォーターポーに言ったのかは分からない。
「大丈夫よ」
ウォーターポーは祈るような気持ちで母猫を見つめて、言った。その時まさに、子猫が生まれようとしていた。

フィッシュポー
未登録ユーザー


トップに戻る Go down

終わりと始まり 1-1以前、4-6以降 Empty Re: 終わりと始まり 1-1以前、4-6以降

投稿 by フィッシュポー Thu Jul 16, 2020 9:19 am

訂正 テイルファー→ファーンリヴァー

ごめんなさい!

フィッシュポー
未登録ユーザー


トップに戻る Go down

終わりと始まり 1-1以前、4-6以降 Empty Re: 終わりと始まり 1-1以前、4-6以降

投稿 by フィッシュポー Sat Jul 18, 2020 10:53 am

(第1章続き)

 「こっちの子はまるで波みたいな模様だわ…。太陽の溺れる場所で見た波に、そっくりね。ウェーブキットと名付けましょう。それから、こっちの子猫は、私に似てぶち柄だから、シャインキットと名付けるわ。族長がくださった戦士名よ」
明るい部屋にファングシャインの声が響ている。ウォーターポーは何とも言えない気持ちで母猫のそばにたたずんでいた。ついさっき、ファングシャインは無事にお産を終えた。まだ若い彼女は体力の回復も早く。もう頭を起こして生まれたばかりの子猫をなめていた。生まれたのは2匹、雄と雌だった。
「素敵な名前だわ」
ファングシャインに寄り添っていたファーンリヴァーが言った。目は満足げに輝いている。嬉しいでしょうね—ウォーターポーは思った—親友に子供が産まれたんだもの。一方のウォーターポーは、少しめまいがしていた。確かに出産は感動的だったが、生まれるまではまるで戦いのようだった。ロックアイとドリームポーはへとへとになりながら、なんとか出産を成功させたのだった。もちろん一番頑張ったのはファングシャインだ。彼女の叫び声はウォーターポーの耳にこびりついて離れない。命の誕生にふさわしくない思いがせりあがってきた。
「ウォーターポー、水を持ってきてくれ。のどがからからだ」
部屋の隅から小さな声がした。ロックアイだ。疲れ果て、足を投げ出して座っている。ウォーターポーはなんだか笑ってしまった。子供を産んだ母猫の方はしゃんとしているのに、雄のロックアイが寝そべっている。
「分かりました。コケにふくませればいいでしょう?」
言うと、ロックアイはうなずいた。それから、
「間違いなく人生で一番長いお産だった」
とつぶやいて毛づくろいを始めた。ドリームポーはそのそばで子猫—ウェーブキットの毛皮をなめていた。生まれた瞬間はぐしょぐしょだった子猫は、あっという間にふわふわの綿毛みたいになった。ちょっとかわいくなったかも、などと思いながら、ウォーターポーは暑苦しい部屋を出た。空き地は昼の太陽に照らされてぽかぽかと暖かかった。キャンプは活気に満ちている。狩猟部隊が帰ってきて、獲物置き場に山のように獲物を積み上げた。ウォーターポーの腹が鳴る。水を持っていくついでに、獲物も数匹持っていこうと決める。ファングシャインもお腹を空かせているに違いない。
「ウォーターポーじゃないか。何してたんだ?」
看護部屋へ向かって歩いていくと、声をかけられた。ラージアウルだ。
「ファングシャインのお産の手伝いをしてた」
そっけなく答える。ラージアウルはついこの間まで見習いだったくせに、戦士になったとたんに偉そうに指図してくるようになった。いまや一族たった一匹の戦士見習いとなったウォーターポーをどうにかして子分にしたいようだった。あんまりふざけていると、ラージポーに戻されるわよ、といくら言っても効果はない。ウォーターポーは冷たい態度で反抗し続けていた。
「ふーん、そうか。無事に生まれた?」
うなずくと、ラージアウルは不愉快そうにしっぽを振って去っていった。今日のウォーターポーはからかいがいがないと思ったんだろう。いい気味、とウォーターポーは思った。偉そうにされるのは指導者だけで十分―おまけにその指導者ときたらウォーターポーをほったらかして寝ている。そう、ウォーターポーの指導者であるスカイハートは一族きってのぐうたら猫だ。怠け具合でいったら湖のそばの四部族の中でも一番だろう。だけど彼の存在を知る猫なんて他の部族にはいないわ。だって大集会に一度も行ったことがないもの。ウォーターポーは心の中で毒づいた。あのぐうたらは夜中起きていることもできないのよ。なんて立派な指導者かしら。
 そうこうしているうちに看護部屋へつき、ウォーターポーはさっきと同じ作業を繰り返した。水がささやいてくるが、ラージアウルのせいで機嫌が悪かったので無視した。保育部屋に引き返すときに獲物を2,3匹とってから行った。獲物置き場のそばにいたグレースモークが、「たくさん食べろよ!」と声をかけてきた。ウォーターポーは耳を振ってやりすごす。どうせあたしのことチビだとか思ってるんだから。でもいくら食べたって、グレースモークには追い付けそうもない。灰色の戦士の体は大きく、たくましい。まるでライオンのようだ。灰色のライオンがいるかは知らないけど。
 保育部屋はさっきよりもさらに暑くなっていた。たくさんの猫が身を寄せ合っているから当然だ。ロックアイは動く気力がないらしく全く同じ体勢のままぼーっとしていた。
「ロックアイ、水です。お願いだからスカイハートみたいなことしないでください」
そう言ってコケをさしだすと、ロックアイは飛びついてなめだした。ウォーターポーの注意は聞いていないようだった。ドリームポーにも水をさしだしたが、首をふったのでそのままファングシャインに渡した。ファングシャインの腹にはすでに二匹の子猫がすいついていた。お乳を飲んでいるようだった。
「ファーンリヴァー、のどはかわいてませんか?」
まだ母猫のそばにいる戦士に聞くと、
「大丈夫よ。あとで狩りのついでに飲むわ」
と返された。思ったよりコケが余ってしまったので、仕方なく自分で飲むことにした。水を飲むのは嫌いじゃない。水の力が体中に満ちて、普段の五倍くらい強くなった気になれるからだ。だが水の中には飲まれたくないものもいるようで、たとえばこの看護部屋の水がそうだった。
((ひどいよウォーターポー!ぼくはただの湧き水なのに!))
それ以上声が聞こえてくる前に飲み込んだ。いけないことはしてないのになんだかばつが悪い。
「あ、そうだ。獲物を持ってきました。皆さんで分けて下さい」
そう言ってネズミやらハトやらを床におくと、ありがとうと感謝のつぶやきが聞こえた。ウォーターポーはうなずいて、最後にもう一度子猫を見てから保育部屋を抜け出した。あんなに楽しみだったお産は、苦い思い出となってウォーターポーの心にへばりついていた。命をかけた戦いというのがどうも苦手なウォーターポーは、ファングシャインの必死の叫びがたまらなく恐ろしかったのだ。もう思い出したくないのにそのことばかりを考えてしまう。気分転換に狩りでもしようと思い、空き地を見回した。誰か暇そうな戦士はいないだろうか。
「あら、ウォーターポー!訓練は?」
空き地の端から声がした。グリーンフォックスだ。今日も元気にあふれているようだ。緑の目が輝いている。
「知ってると思いますけど、スカイハートは寝てるんで。狩りに行こうと思って…グリーンフォックス、よかったら行きませんか?」
嬉しいことにグリーンフォックスはうなずいてくれた。なんて優しいんだ。たいていの戦士は、ウォーターポーと狩りに行くことをためらう。なぜなら、狩りに全く集中できないからだ。スカイハートのかわりに狩りを教えるはめになる。なにしろ、ウォーターポーは基本的な指導をほぼ受けていないから、やり方がめちゃくちゃなのだ。獲物が捕まるわけはなく、森中を揺るがして生き物たちの頭痛の種になるだけだ。
「今すぐ行く?あのね、この前最高の狩り場を見つけたの。ハタネズミがたくさん!ほんとに楽園のようだったわ」
食いしん坊のグリーンフォックスはウォーターポーの周りをぐるぐる回りながら興奮してしゃべった。年上なのに、まるで見習い仲間のようだ。ウォーターポーは口調に気を付けながらも、この元気な雌猫となら狩りを楽しめるだろうと思った。今までろくに獲物を捕まえたことがないのでなんだか後ろめたかったのだ。指導者も弟子もそろってただの飯食いという目で見られても仕方がなかった。要するに、落ちこぼれなのである。そんなウォーターポーが狩りを楽しめるわけがない。自己嫌悪に毎回陥ることになる。
「行きましょ、グリーンフォックス。あ、ごめんなさい、行きましょうでした」
敬語をつっかえながら言うと、グリーンフォックスはトンネルに向かって駆けながら笑い声を上げた。
「敬語なんて使わなくていいわよう!ウォーターポーと友達になりたいわ!」
涙が出そうになった。その褐色のしっぽを追いながら、ウォーターポーは心に誓った。あたしにも後輩の見習いができたら優しく接しよう。

フィッシュポー
未登録ユーザー


トップに戻る Go down

終わりと始まり 1-1以前、4-6以降 Empty Re: 終わりと始まり 1-1以前、4-6以降

投稿 by フィッシュポー Tue Aug 04, 2020 11:11 am

(第1章続き)

 口からぶらさげているネズミの重みが、何よりも誇らしかった。ウォーターポーは胸を張った。あたしはついに獲物を自力で捕まえた。爪を獲物にかけた瞬間の、あの興奮といったら!新しい世界が見えた気がした。隣りでは、グリーンフォックスが満足げに歩いていた。ハタネズミを2匹くわえ、しっぽをぴんと立てている。「ほんとに素敵な狩り場だったわね!こんなに沢山とれるとは思っていなかったわ」ネズミを口にくわえたまま、もごもごと言う。ウォーターポーはうなずいて、グリーンフォックスの脇腹をしっぽではじいた。グリーンフォックスが親しみをこめてはじきかえす。今日だけで2匹の距離はかなり縮まり、親友のようになっていた。ぐうたらな指導者のせいで何もできなかったウォーターポーに、雌猫の戦士は狩りを手取り足取り教え、ウォーターポーはその知識をどんどん吸収した。そして日が暮れてきたころ、ようやく小さなネズミを捕らえたのだった。
 2匹がキャンプにつく頃には、あたりは薄暗くなっていた。「楽しい狩りだったわ」獲物置き場に獲物を置いた後、グリーンフォックスが言った。目が輝いている。「また行こうね」ウォーターポーは戦士猫を見つめて言った。断られたらどうしよう?またひとりで訓練をしなければいけなくなる。すると、ほっとしたことに、グリーンフォックスはうなずいてくれた。「忙しくないときは一緒に狩りをしましょ。それより、スカイハートってひどいのね!指導者として完全に失格だわ。わたし、族長に掛け合ってくる」突然のことにウォーターポーは慌てた。そんなことをしたって無駄なのだ。「そんなこと言わなくていいわ。ただでさえ、お忙しいのに」「でも…」ウォーターポーは優しい友がいることに感謝しながら、首を振った。「今、4部族間はとても緊張してるんでしょ?そんな時に弟子と指導者の問題を言われても、困るだけだわ。そんなの、当事者たちが悪いんだから。それに、トゥウィンクルスターが指名した時、スカイハートはやる気に満ちていたのよ。あたしが原因かもしれない。あたしがのろまだからスカイハートは腹を立てたのよ」一気にまくしたてると、グリーンフォックスは驚いたような目をした。どうしてこんなにだめな指導者をかばうの?という心の声が聞こえてきそうだった。しかし、グリーンフォックスは納得したように耳を動かして、話題を変えた。「そういうことなら分かったわ。言わないでおく。それより、美味しい獲物でも食べない?お腹ぺっこぺこだわ!」ウォーターポーはうなずいて、獲物置き場に引き返した。2匹は、積まれた獲物の山の中から、太ったミズハタネズミを取り出した。2匹で食べても満腹になりそうな大きさだった。戦士と見習いはネズミを分け合って食べながら、たわいのないことを話した。ウォーターポーは見習いになってから久しぶりに、充実した気分を味わっていた。狩りは上手くいき、友達ができて、美味しい獲物をお腹いっぱい食べている。「なんだか幸せだわ」ウォーターポーはつぶやいた。そして満ち足りた気分で、自分しか使っていない見習い部屋で眠りについた。今、サンダー族の戦士見習いはウォーターポーだけなのだ。ひとりで使うには広すぎる部屋で眠るのは、いつも嫌だったけれど、今日はそれも気にならない。しばらくして、ウォーターポーは深い眠りについた。

 鼻づらに冷たいものが触れた。何だろう、と思って目を開けると、目の前に広大な水が広がっていた。川でも、湖でもなく、ただ水が広がっているのだった。ウォーターポーは岸辺に寝転んでいた。足や顔を、水が洗ってる。ウォーターポーは慌てて立ち上がった。下腹部がずぶ濡れだった。「なんなの?」いらだたしげにつぶやくと、水の声がした。((ウォーターポー…これは夢だよ))ウォーターポーは目の前の水を見つめながら、ぼんやりと水の言ったことを反芻していた。夢…?これが、明晰夢というものか。まるで現実のようだ。水に濡れたところの冷たさも感じるし、吹いてくる風が、毛皮をなでるのも分かる。すると、不意に知らない猫の匂いが漂ってきた。嗅いだことのない匂いだ。だがどこか懐かしい。「あなたがウォーターポーね」声がした。ウォーターポーは振り返った。そこには、倒木があった。周りは緑に囲まれているのに、その倒木だけが痛々しく枯れていた。その上に、1匹の猫がいた—青っぽい灰色の、星をまとった猫が。ウォーターポーははっとした。もしかして、この猫は…。「ご察しの通りよ。わたしはスター族の猫。知っているかしら、ブルースターよ」ウォーターポーの体に衝撃が走った。ブルースター!大昔の猫だけれど、その名前はよく耳にする。親から子へ、さらにその子供へと語り継がれてきたお話の中に、いつも登場する猫。サンダー族を愛し、最期まで立派に生きた、勇気ある族長猫。「その様子だと、わたしの名前を聞いたことはあるようね。でも会うのはもちろん、初めてだわ。こんにちは、ウォーターポー。今夜は、あなたに伝えることがあって来たの」「わたしに…?」偉大な猫が目の前にいることが信じられず、声がかすれた。目はブルースターに釘付けだ。「ええ、あなたに。ウォーターポー、あなたは素晴らしい猫よ。自ら進んで行動する力がある」「そんなことありません。あたしは狩りも戦いもできない。できそこないの、落ちこぼれです」ブルースターがさっと倒木から飛び降りた。「誰がそう決めつけたの?あなたの可能性は無限大にある。あなたは自然と分かり合えるし、教わったことをすぐ実践できる。今日のあなたの、狩りを見ていたわよ。立派な狩猟猫だわ」スター族の戦士にそんな言葉をかけられて、ウォーターポーは体が震えた。たとえこれがあたしの作り出している幻影だとしても、こんなに嬉しいことはないだろう。「ウォーターポー、自分を下に見ないで。あなたにはやるべきことをやるだけの力がそなわっている。大昔の魂を探しなさい。その魂はあなたと共に歩んでくれるわ。混乱の中で、水と偉大な魂が部族を救う。…いつかの、火のように」ブルースターの口調が突然なめらかになった。ウォーターポーは星を映しているその目を見つめた。「どういうことでしょうか?」しかし、問うた時には、ブルースターの姿は薄れ始めていた。「言った通りよ」その一声だけ残して、勇敢な族長は消えた。((水と偉大な魂が部族を救う。いつかの、火のように))水たちが、ささやくように繰り返した。月の光が水面を照らし、ウォーターポーの毛を銀色に輝かせた。夢がさめていくのを感じながら、ウォーターポーはブルースターの言葉を、頭の中で何度もつぶやいていた。

フィッシュポー
未登録ユーザー


トップに戻る Go down

終わりと始まり 1-1以前、4-6以降 Empty Re: 終わりと始まり 1-1以前、4-6以降

投稿 by フィッシュポー Tue Aug 18, 2020 3:27 pm

第2章

 木々が風に揺れてざわめく音がする。風と共に湿った匂いが運ばれてきて、やがて雨が降り出すことを告げていた。グレートキットは小さな鼻をひくつかせ、森の匂いを懸命に嗅ぎとろうとしていた。しかし、雨の匂いの他には、いつも通りの匂いしかしなかった。獲物、木々、部族仲間、それから湖。グレートキットは首をひねった。おかしいな、さっき嗅ぎなれない匂いを感知したのに。あれは気のせいだったのだろうか。午後の日差しにキャンプはぽかぽかと暖かく、空き地では沢山の部族仲間が日向ぼっこをしていた。「グレートキット!そんなところで何してるの?戻ってらっしゃい」不意に保育部屋から声がした。森に意識をただよわせていたグレートキットは、はっとして声のした方を向いた。母猫のファーグレーが、こちらにやってくる音がした。怒ったような困ったような顔をしている様子が思い浮かぶ。ファーグレーがグレートキットの目の前にやって来たのが分かった。母猫の息がグレートキットの頬にかかる。「また保育部屋を抜け出したのね。あれだけ叱ったのに、全くこりない子だわ」ファーグレーが言った。グレートキットは怒っている母猫が怖くなって、毛を逆立てた。「ごめんなさい、ファーグレー。でも、森に今まで嗅いだことのない匂いがしたの。もしかしたら、アナグマかも。それかキツネ!ね、大変でしょ。もしキャンプに攻め込んできたら…」ファーグレーはしっぽでグレートキットの口をふさいだ。「そんな匂いが、キャンプの中から分かるわけがないわ。もちろん、あなたの嗅覚と聴覚が誰よりも優れているのは知っている。それでも、遠く離れたキツネの匂いを嗅ぎとるなんて無理だわ。それに、もし恐ろしい獣が森にいたとしても、戦士たちが私たちを守ってくれる。だから、グレートキット、あなたは安心して保育部屋にいなさい」グレートキットはうつむいた。ファーグレーの話に間違っていることはひとつもない。すると、淡い灰色の雌猫は、優しくグレートキットをなめてからつけくわえた。「あなたはいつか立派な戦士になれるわ。その耳と鼻は誰にも負けないもの」不意にグレートキットは腹が立った。まるで腫れ物に触れるような扱い方に、うんざりしたのだ。「僕の耳と鼻がいいのは、偶然だよ!目が見えないのだってそうさ!それだけが長所じゃないんだ、僕はハートキットやペルトキットと何も変わらない。明日には命名式だって一緒に受けるよ…」最後は消え入るように言い終えると、グレートキットはさっと駆け出した。ファーグレーが悲しそうな目で自分の姿を追っているような気がした。グレートキットはいらいらしながら、イバラの茂みに頭から突っ込み、もぞもぞと保育部屋に入った。中はきゅうくつなうえに暑かった。それもそのはずだ。満6ヶ月の子猫が3匹に、母猫が2匹もいるのだから。「グレートキット、また外に行ってたのね。明日には見習いになれるんだから、がまんしましょうよ」奥の方からハートキットの声がした。ハートキットとペルトキットはファーグレーの子供で、双子の姉妹だ。姿を見たことはないけれど、ハートキットはファーグレーにそっくりだと聞いた。グレートキットはハートキットの声がした方を向いて、鋭く言った。「君はなれるかもしれないけど、僕は長老部屋送りにされるかもしれないんだぞ!考えてみろよ、バタフライアイズと2匹で過ごさなきゃいけないんだ。きっと頭がおかしくなる」ハートキットがびくっとしたのが空気の乱れで分かった。グレートキットは誰よりも敏感な自分のひげを呪った。僕はフクロウじゃないんだし、空気の乱れなんて知りたくもないのに。皮肉なことに、目が見えないせいで他の感覚がそれを補おうと鋭くなっているのだった。もっと幼いころはそれが普通だと思っていたが、しばらくして自分の感覚はあまりに優れているのだと悟った。ある時、キャンプにヘビが入って来た音を保育部屋で聞きつけてから、一族はグレートキットの耳や鼻の良さを口々に称えるようになった。あなたはきっと戦士になれるわ、目が見えないなんて関係ないさ、と。しかしグレートキットにとってそれは何の気休めにもならなかった。子猫が見習いになるのは当たり前で、見習いはいずれ戦士になる。部族猫の本能に刻まれている思いを、グレートキットだって持っていた。一族を命にかえても守り抜きたい。周りから言われなくたって、戦士になるつもりだった。それなのに一族の皆は、まるで自分たちが認めることによって初めてグレートキットが戦士見習いになれると思っているようなのだ。「グレートキット?そんなにかっかしないで。一族の皆が言っていることは、あなたのためを思って言っているのよ」ハートキットのそばから聞こえてきた声に、グレートキットは我に返った。グレートキットの母親であるシャインアイスが、穏やかな声で言った。「あなたは皆とは違う。仕方のないことだけれど、あなたはそれを自覚しなければいけない。いつまでも甘えていてはだめよ」グレートキットは、腹の底でふつふついっていた怒りが小さくしぼむのを感じながら、シャインアイスの方に歩いて近づいた。「分かってるよ、母さん。僕はただ心配なんだ——ライオンスターは、僕を見習いにしてくれるかな」すると、シャインアイスが脇腹に顔を押し付けてきた。暖かい母の匂いに、グレートキットはほっとため息をついた。「大丈夫よ」シャインアイスはそっと言った。隣りにたたずんでいたハートキットも体を寄せてきた。「きっと明日は最高の日になるわ」ハートキットはつぶやいた。グレートキットは頭のなかで2匹の姿を思い描いた。淡い灰色の子猫と、まだらの雌猫。それから、黒と銀のトラ猫。これは僕。3匹の猫が身を寄せ合っている様子は、考えただけで心が暖かくなった。さっきまでの怒りや不安は忘れて、グレートキットはいつの間にか眠りに落ちていた。森からただよってきた不可解な匂いのことも、すっかり忘れていた。次に目を覚ました時には、日がすっかり沈んでいた。あたりの匂いで、夜がきたことが分かった。グレートキットは心を弾ませながら起き上がった。夜が明ければ、見習いになるのだ。不安はあるけれど、シャインアイスやハートキットと寝たら、元気が出た。僕は誰にも劣っていない。一族だって、それを認めている。

フィッシュポー
未登録ユーザー


トップに戻る Go down

終わりと始まり 1-1以前、4-6以降 Empty Re: 終わりと始まり 1-1以前、4-6以降

投稿 by フィッシュポー Wed Aug 19, 2020 4:36 pm

(第2章続き)

誰も僕を止められないんだ。グレートキットは誇らしくなり、再びシャインアイスに身を寄せて、目を閉じた。眠くはなかったが、全身で母の愛を感じていたかったのだ。穏やかに上下するわき腹に鼻づらを押しつけると、安心感が広がった。グレートキットは体を丸めた。明日に備えて、体を休めておきたい。もう眠れないと思ったが、気がつけばグレートキットはまた眠っていた。しかし、さっきまでの穏やかな眠りではなかった。何者かに引っ張られるようにして、グレートキットは目を開けた。灰色とぶち柄ととら柄の猫が身を寄せ合って寝ている。それが見えている。「夢だ」グレートキットはかすれ声でつぶやいた。目が見えるし、僕が今見下ろしているのはさっきまで僕が想像していた、僕たちの姿だ。グレートキットは目を見開いてその姿をじっと見つめた。ハートキットは想像の通りの、淡い灰色の毛をしていた。しっぽが長く、体に引き寄せて寝ている。母のシャインアイスは、想像を遥かに超えた美しい毛皮をしていた。白のまだら模様が、木々の間のこもれびのようだ。最後に自分を見てから、グレートキットはため息をついた。足は長くてすらりとしているが、体は小さい。戦士になるにはもっとたくましくないといけないのに!グレートキットはすやすやと寝ている自分に近づき、さっと鼻づらをかすった。これから頑張ろうな。目が見えなくたって、絶対戦士になってやる。「グレートキット…」不意にささやき声がして、グレートキットは飛び上がった。誰だ?あわてて振り返ったが、誰もいなかった。目が見えていることに慣れていないグレートキットは、ぎこちなくあたりを見回して声の主を探そうとした。しかし、目には暗がりしか映らない。「目が見えるといったって、これじゃ何も分からないじゃないか」グレートキットは腹立たしく声に出して言うと、そっと目を閉じた。とたんに普段の感覚が戻ってきて、グレートキットを導く声が鮮明に聞こえてきた。「グレートキット、こっちだ…こっちにおいで」聞いたことのない、不思議な声だった。そもそも声かどうかも分からない。まるでそれは、風がしゃべっているような、そんな音なのだ。しかしあらがうすべはなかった。グレートキットは眠っている猫たちを慎重にまたいでよけると、保育部屋から出た。とたんに、夜気が体を包み、冷たい風が毛をなでていった。相変わらずささやき声は響き、さっきよりも大きくなった。グレートキットは目を開け、保育部屋の外を見渡した。そして息を飲んだ。僕はこれまで、こんなキャンプに住んでいたのか。空き地の真ん中には大きな木が生えていて、族長が話しやすそうな枝が見える。周りには太い根が張り、座り心地がよさそうな場所がいくつもある。いつも長老たちの匂いがしていたハリエニシダの茂みは、思ったよりも大きくてしっかりと風雨をしのげそうだった。首をめぐらすと、低木や茂みがあちこちにあって、誰もが快適に過ごせそうだった。グレートキットがキャンプに見入っていると、ささやき声が急かすように言った。「早くおいでよ。森に行くんだ」グレートキットは再び目を閉じて、声に従った。耳と鼻を頼りに、一族がキャンプにしている島を突き進む。やがてグレートキットは島の端にたどり着いた。島全体を覆っている茂みを苦労して抜けると、目の前に湖を感じた。目を開け、銀色に輝く水面を見下ろす。「なんて綺麗なんだ」グレートキットは感動した。夢の中とはいえ、湖はあまりに美しかった。月に照らされ、光の道ができている。「その上を歩いてごらん」ささやき声がそっと言った。グレートキットは驚いて目を見張った。「歩くだって?湖を渡るには、泳ぐしかないよ」すると、どこからかくすくすと笑い声がして、「あなたは今夢の中よ。なんでもできるの」と森の方から声がした。グレートキットは恐る恐る湖に近づき、月の光の道に足をかけた。足の裏には何も感じない。「勇気を出して」グレートキットは前足に体重をのせた。おぼれるのではないかという恐怖に、毛が逆立った。しかし何も起こらなかった。グレートキットは思いきって月の道に踏み出した。体が落ちることも、水がかかることすらなく、グレートキットは湖の上を歩きだした。素晴らしい体験だった。足元を、銀にひれをきらめかせた魚が泳いでいく。前方に見える森はうっそうとしているが、怖さは感じない。月が自分を頭上から見守っているのを感じる。グレートキットは体中を月の光に輝かせながら湖を渡り終えた。対岸についたとき、グレートキットは木々の大きさに息を飲んだ。音や匂いで、森のだいたいの姿は分かっているつもりだったが、実際に見てみると迫力が違うと思った。すらりとした広葉樹がグレートキットを見下ろしている。「行くぞ、グレートキット。こっちだ」さっきよりもさらに明確に声が聞こえた。もうささやき声ではなく、しっかりとした誰かの声だった。しかしそれが誰だか分からない。グレートキットはしっぽをぴんと立てて森に入っていった。シダやイバラの茂みが密生している。地面は落ち葉におおわれ、ところどころに苔むした岩や小さな空き地があった。住みやすそうな森だ、とグレートキットは思った。戦士たちはここで狩りをしているのだと思うと、わくわくした。夜が明ければ僕も、ここで狩りの訓練をするのだ。そのために、今よく見ておこう。これは夢だが、それにしてはあまりにも現実的だ。グレートキットはこの夢が自分だけのものではないような気がしていた。何者かが自分をこの夢に導いたとしか思えない。そのくらいに、この森や湖や島は生々しい匂いに満ち、下生えを獲物が動き回る音もするし、木々の間から差し込む優しい月の光が地面につくる模様も複雑だった。目の見えないグレートキットにここまでのことを想像するのは無理だ。「グレートキット、こっちだ」声がして、グレートキットは自分が森の中央あたりに来たことを悟った。少し背の高い木が増え、よりうっそうとしてきた。「こっちって、どっちだ?ここには森しかないよ」グレートキットは正体を見せない声に向かって問いかけた。あたりが一瞬しんと静まったかと思うと、グレートキットのわき腹に何かが触れた。グレートキットはびくっとした。姿は見えないが何かがいる。「怖がるな。おれについてこい」はっきりとした声が言った。グレートキットは、肩にしっぽがのったのを感じて、思わず振り払いたくなった。一族の母猫たちは、グレートキットが少しでも歩こうものなら必ずそうやって先導しようとする。きっと、目の見えない哀れなグレートキットは島の端までよろよろ歩いて行って湖に落っこちるとでも思っているのだろう。しかしここは島ではない。見知らぬ森で迷子になるよりは、このしっぽに従った方がいいだろう。グレートキットは導かれるままに進んでいった。さっきまでと同じようなイバラの茂みが現れた。グレートキットは鋭いとげにひっかかれながら、茂みを通り抜けた。毛が束になって抜けてしまった。しかしすぐに、そんなことはどうでもよくなった。目の前に驚くべき光景が広がったのだ。「ここはいったいなに?」グレートキットはじっくりと前の景色を見渡した。地面が大きくえぐられている。切り口はなめらかで、自然によって掘り返されたとは考えにくかった。「ここは、特別な場所なんだよ。君たちの未来にとって」不意に今までで一番近いところから声が聞こえた。グレートキットは思わず声のした方を見た。するとそこに、さっきまでは見えなかった淡い影が、揺らめいていた。グレートキットはしばらくその影を見つめた。ショウガ色の、立派な猫がそばに立っているのが見えてきた。「初めまして、グレートキット。おれはファイヤスター」その猫が礼儀正しく言った。

フィッシュポー
未登録ユーザー


トップに戻る Go down

終わりと始まり 1-1以前、4-6以降 Empty Re: 終わりと始まり 1-1以前、4-6以降

投稿 by フィッシュポー Sat Aug 22, 2020 11:36 am

訂正

ライオンスター→ライオンシャドウ

物語の設定上ライオンスターは存在してはいけませんでした!すっかり忘れてライオンスターとしてしまいました。そして、まだグレートキットがいた時代の部族には看護猫はおらず、薬草に詳しい猫のことを治療猫と呼んでいます。なので登場猫紹介のところもミスしています。ごめんなさい!

フィッシュポー
未登録ユーザー


トップに戻る Go down

終わりと始まり 1-1以前、4-6以降 Empty Re: 終わりと始まり 1-1以前、4-6以降

投稿 by フィッシュポー Sat Aug 22, 2020 10:36 pm

(第2章続き)

ファイヤスター?グレートキットは首をかしげた。聞き覚えのない名だ。どこからやって来たのだろう?僕はこの猫に会うために夢を見ているのだろうか?「どなたですか?もしかして、ライオンシャドウのお父さんですか?僕が生まれる前に亡くなったって、シャインアイスが言っていました」グレートキットはショウガ色の雄猫を見上げて問いかけた。雄猫は立派な体格で、長く生きたことをあらわす傷跡が、体のあちこちにあった。「いや、違うよ。おれは…なんといったらいいんだろう。とにかく、今はただのファイヤスターだと思ってくれ。今日は話したいことがあってやって来たんだ」グレートキットはファイヤスターの緑色の瞳を見つめた。その奥に吸い込まれてしまいそうだ——ファイヤスターの目には賢さと勇敢さが表れている。誰かは分からないけど、立派な猫に違いない。「僕に?まだ子猫なのに。あっ、でも僕、もうすぐ訓練を受けられるんです!ライオンシャドウは見習いって呼んでいます。僕と、ハートキットと、ペルトキットの3匹で一緒に見習いになるんだ。夜が明ければあの大きな木の下で命名式を受ける——」ファイヤスターがしっぽでグレートキットの口をふさいだ。「分かっているよ。見習いになるための命名式は大事なものだ。だけど今は、それより話さなくてはいけないことがある。グレートキット、よく聞くんだ。一族に危険が迫っている。君たちは生き残るために、決断しなくてはいけない。グレートキット、その名前の由来を忘れないでくれ。君の名は古き魂にちなんでつけられたんだ。君にはやるべき仕事がある」ファイヤスターは早口になった。グレートキットは目を丸くしてショウガ色の雄猫を見つめた。いきなり何を言い出すんだ?「どういうこと?僕たち一族の暮らしは安全だよ。湖の周りは広いんだ。僕たちの群れは数が多いけど、みんなが満足して暮らせるだけの土地があるし、ライオンシャドウは立派な族長なんだ!あ、族長っていうのはね…」グレートキットは口をつぐんだ。ファイヤスターの影が薄れてきたのだ。「ああ、もう時間がない。いいかい、グレートキット、一族を率いるのが常に1匹とは限らないぞ。この先部族は分かれる必要がある。1匹で治めるには、仲間が増えすぎたのかもしれない」ファイヤスターはかすれ声で続けた。「おれは争いがないのが1番だと思っている。進んで傷つこうとする奴なんかいないだろう。だが、避けられないものもある。これから様々な困難がおまえたちに降りかかるだろう。どんなことがあっても、あきらめてはいけない。グレートキット、分かったね?」グレートキットはぽかんとして雄猫の炎色に輝く毛を見つめた。「グレートキット」ファイヤスターがもう一度、強い口調で言った。グレートキットは訳が分からなかったが、とりあえずうなずいた。するとほっとしたようなため息が響き、ファイヤスターの影がどんどん薄くなって、緑色に目が最後にきらりと光ったかと思うと完全に消えた。と、グレートキットの耳にささやき声がした。「そのくぼ地をよく見るんだ。何か思い出さないか…?」しかし、グレートキットが目の前のくぼ地をよく見ようとしたとたん、何かが騒がしくグレートキットの顔をひっぱたいた。グレートキットはあわてて立ち上がった。夢の世界が消え、真っ暗闇が戻ってきた。「グレートキット!いつまで寝てるのよ?もうすぐ命名式よ!」騒々しい声のもとはペルトキットだ。興奮して走り回っている。グレートキットはくらくらしながら状況を整理しようとした。僕は夢を見た。夢の中でファイヤスターという猫が会いに来て、僕にことづけをしていった。ああ、彼は何と言っていたっけ…夢の中の出来事は、ついさっきのこともようにも、季節が何回もめぐった後のことのようにも思えた。懸命に思い出そうとしていると、毛のかたまりがぶつかってきた。きっとペルトキットだ。グレートキットはかっとなって匂いをかぐと、ペルトキットのいるところに前足を振り下ろした。ペルトキットの悲鳴が響いた。「痛いわ!なにもそんなに殴ることないじゃない」娘の声を聞きつけたファーグレーが、しっぽでグレートキットの頭をはじいた。「グレートキット、落ち着きなさい。ペルトキットはふざけていただけよ」グレートキットはいらいらとひげを震わせ、ペルトキットにぼそぼそ謝った。「どうかしたの?昨日はあんなに楽しみにしていたのに、今日はなんだか具合が悪そうだわ」シャインアイスの声が保育部屋の入口の方から聞こえた。くぐもっていることから、獲物をくわえているのだろうとグレートキットは思った。グレートキットは母親の匂いを吸い込み、その暖かさに安心してから、小さくつぶやいた。「変な夢を見たの。怖くはないんだけど——なんだか不思議な夢で、すごく疲れちゃった」シャインアイスはそっとネズミを下に置いて、グレートキットの体をなめはじめた。「きっと命名式のことで興奮していたのよ。大丈夫よ、母さんがついてるわ。グレートキットは立派な見習いになれる」そういうことじゃないのに…とグレートキットは思った。目が見えないからという理由で、戦士の夢をあきらめるなどとは、露にも思っていない。グレートキットが心配しているのは、夢の内容についてだ。とても大事なことだったように思うのに、よく思い出せない。ファイヤスターという猫が、会いに来てくれた。それだけは、しっかりと頭に残っているが、ファイヤスターが何を伝えようとしていたのかが、頭から抜け落ちていた。「グレートキット、そろそろ時間よ」シャインアイスが言って、グレートキットの頭に鼻づらを押し付けた。「なんて凛々しいんでしょう。ああ、トラントクランブルにもこの姿を見せたかったわ」グレートキットは母親の口調から伝わってくる深い悲しみに同情して、うなだれた。トラントクランブルはグレートキットの父親だ。しかし、グレートキットが生まれる前に亡くなったのでグレートキットはよく知らない。シャインアイスがグレートキットを身ごもったことが分かったのは、すでにトラントクランブルがこの世から去った後だという。「父さんはきっと、どこかで僕たちのことを見守っていてくれてるよ」グレートキットはそっと言った。母がうなずき、いくらか元気を取り戻したようにしゃんとした。「そうね。さ、グレートキット、空き地に行きましょう。ハートキット、ペルトキット、ついていらっしゃい」3匹は転がるようにして保育部屋を出た。後からゆっくりファーグレーがついてきた。空き地は朝日に照らされて暖かい。グレートキットは、頭を上げてあたりの匂いを嗅いだ。夢で見た通りの場所に、シダの茂みやオークの大木があるのを感じた。湖の上を吹く風は、匂いを素早くグレートキットの鼻に届けてくれる。

フィッシュポー
未登録ユーザー


トップに戻る Go down

終わりと始まり 1-1以前、4-6以降 Empty Re: 終わりと始まり 1-1以前、4-6以降

投稿 by フィッシュポー Sun Aug 23, 2020 9:53 pm

(第2章続き)

グレートキットは朝日を浴びて輝く島を思い描いた。月の下のキャンプも美しいが、太陽に照らされていたらもっと輝いて見えるだろう。グレートキットははずむ心を抑えようとした。ついに見習いになれるのだ。どれだけこの日を待ちわびたことだろう!ハートキットとペルトキットも興奮しているのが、2匹の足音から分かった。互いにじゃれ合うようにして、シャインアイスの後ろについていっている。「落ち着きなさい、そんなに暴れていたら命名式をやってもらえないわよ!」シャインアイスがのどを鳴らしながら言った。子猫たちははっと動きを止めて、ゆっくりと歩き始めた。なんとか落ち着こうとしているのが伝わってくる。グレートキットはしっぽをぴんと立てて、誇らしい気分でオークの大木に向かった。全身から力が湧き出ている気がする。このまま、太陽のもとまで走っていけそうだ。
 シャインアイスは3匹を木の根元まで連れて行った。太い根が地面に盛りあがっているところで足を止めると、母猫はグレートキットの体をなめはじめた。グレートキットはくすぐったくなって母親の舌から逃れようと身をよじった。「やめてよ、自分でできるから!」ハートキットの声がして、ファーグレーも同じように娘たちをなめているのだと分かった。「ええ、そうね」ファーグレーは言ったが、誇らしい気持ちが抑えきれていないのを感じた。グレートキットはシャインアイスに身を任せることにした。母も喜んでいるのだろう、絶えずのどを鳴らす音がする。「今日の主役たちだな。おはよう、気分はどうだい?」不意に枝の上から太い声がした。グレートキットは見えないと分かっていながら、上を見上げた。ライオンシャドウの匂いがする。族長が木の枝の上にフクロウのように止まっている様子が思い浮かんだ。「ライオンシャドウ、おはようございます!」ペルトキットが大声で答えた。周りから笑い声がして、一族が集まってきた。「命名式か!昨日のことのように思い出せるよ」若い戦士のブラックフェザーが言った。その隣りにいるのはテイルファーだ。テイルファーが兄の耳をしっぽではじいた。「本当に昨日のことのようね。だってあたしたち、戦士になったばかりだもの」「ああ、そうだな」今度はスカーフェイスの声がした。グレートキットは沢山の匂いを一度に嗅ぎ分けるのに一生懸命になって、族長が一族に声をかけるのを聞き逃してしまった。気がつくと、周りを一族の猫たちに囲まれていた。どっと押し寄せる匂いに、頭がくらくらする。「セッジテイル、荒れ地に行ってきてくれ。ソーレルペルト、ライトニングサウンド、他の場所をくまなく探してきてくれ。久々の招集だ」ライオンシャドウが言った。「ウィングポーも連れて行っていいでしょうか?」大きな声が空き地の端からした。この声はライトニングサウンドだ。グレートキットには分からなかったが、族長はうなずいたらしく、ライトニングサンドは弟子の名前を呼びながら空き地を出て行った。その後に、セッジテイルとソーレルペルトが続く。この2匹の雌猫の匂いはすぐに分かった。よく保育部屋に獲物を持ってきてくれていたからだ。「一族を招集するのは、きっと大変でしょうね!」大人しく座っていたハートキットが耳打ちしてきた。グレートキットはうなずいた。グレートキットたちは、この島を中心にして生活しているが、湖の周りの全ての土地をなわばりにしている。そのために、大事な行事のたびに一族全員を呼ばなければならない——一族は松林や、荒れ地や、森など、様々なところで狩りをしたり訓練をしたりしている。島まで帰ってこずに、即席のキャンプを作っている者もいる。グレートキットは不意に不安を覚えた。目の見えない僕でも、なわばりの様子を覚えることができるだろうか?迷子になって、二度と島に戻ってこれなくなったらどうしよう?グレートキットは首を振って、不安を振り払った。大丈夫、できるさ。指導者がついてるし、僕には鼻と耳がある。「今日は天気がいいからな。皆狩りに出かけているかもしれん」ライオンシャドウの声がした。ペルトキットが不安げにつぶやいた。「あたしたちの儀式が夜中まで伸びちゃったらどうするの?」すると、誰かがかすれた笑い声を上げた。「そんなわけないじゃんか。一族の戦士たちの足の速さをあなどっちゃいけないよ」ブレイズハートだ、とグレートキットは思った。気の強い戦士で、雄猫にもひけをとらないほど喧嘩が強いのだと、前にウィングポーが言っていた。ウィングポーは少し前まで保育部屋にいたくせに、見習いになったとたん先輩ぶり始め、グレートキットたちに戦士のぐちや訓練がいかに大変かを言って聞かせていた。話を聞くのは面白かったが、グレートキットは少々うんざりしていた。見てろよ、今に君を超えてみせるぞ!グレートキットは心の中でウィングポーに呼びかけた。「で、どうなの?」突然肩をつつかれて、グレートキットは飛び上がった。なんだ?首の毛を逆立て、爪を地面に突き立てる。「耳まで聞こえなくなっちゃったの?見習いになる意気込みを聞いただけなのに」ブレイズハートが言った。ハートキットがはっとしたように身を強張らせ、戦士に食ってかかった。「グレートキットをばかにしないで。グレートキットは十分優秀よ」ブレイズハートがきまり悪そうにもぞもぞと足を動かす音が聞こえた。「冗談だってば。グレートキット、ごめん」グレートキットは座りなおしながら、肩をすくめた。「僕が聞いてなかったんだ。もちろん、見習いになったからには誰よりも沢山訓練をして、最高の戦士になる」グレートキットははっきりと言った。自分で言った言葉をもう一度心の中で繰り返す。僕は最高の戦士になるんだ。誰にも負けないぞ。「その意気よ!」別の声が割り込んだ。匂いを嗅いで名前を思い出そうとしたが、分からなかった。「あたしはブルートード。ここ最近は森で暮らしてたわ。一昨日の晩に戻って来たの」ブルートードが自己紹介した。3匹の子猫は森の匂いをただよわせたブルートードをじっと見つめた。グレートキットはブルートードの姿を想像した。すらりとして敏捷そうだ。風になびく毛が短いために、空気がそこまで乱れていない。グレートキットはそれだけのことで猫の体格を言い当てることができた。敏感すぎる鼻や耳やひげは、時には迷惑だがグレートキットが生きる上でとても役に立つ。ブルートードに森について聞こうとしたその時、シダの茂みを押し分ける音がした。更に大量の足音と、匂いがした。グレートキットは耳をぴんと立てた。大勢の猫がやって来る。「皆を連れてきました!」副長のセッジテイルの声が空き地に響き、湖を泳いできて体が濡れている猫たちが島に上がってくる音であたりが騒がしくなった。「よお、ここに来るのは久しぶりだな!」「最近小川のあたりは獲物が豊富だぜ」戦士たちが言い合う声であたりはざわめき、グレートキットは集中してそれらの会話を聞き取ろうとした。見習いになった時に、役立つ情報があるかもしれない。と、オークの大木から鳴き声がした。ライオンシャドウの声だ。一族がいっせいに口をつぐみ、島は静けさに包まれた。

「それでは、儀式を始めよう」ライオンシャドウがおごそかな声で言った。グレートキットの体に緊張が走る。「グレートキット、ハートキット、ペルトキット、オークの上に来い」3匹は立ち上がった。シャインアイスとファーグレーが、励ますようにしっぽでわき腹をなでてくれた。「行きなさい」母猫たちはささやいた。グレートキットは匂いをたよりに、一族の真ん中に開いた道を歩いて行った。両脇を歩くハートキットとペルトキットの毛がかする。足取りはしっかりしているが、緊張でしっぽの先が震えていた。3匹はオークの根元にたどりつくと、そろって上を見上げた。今から、枝の上に登らなくてはいけないのだ。「あたしが先に行くわね」ペルトキットが言ったかと思うと、ふっと触れていたぬくもりが消えた。「今オークに飛びついたわ」ハートキットが声をひそめて言った。音で分かっていたが、グレートキットは無言でうなずいた。小さな爪が樹皮をひっかく音がする。「どうする?次はあなたが行く?」ハートキットが聞いてきた。グレートキットは再びうなずいた。心臓が激しく打っている。口から飛び出そうだ。「登り切ったわ!」ハートキットが興奮した声で言ったのを合図に、グレートキットはオークの幹に近寄った。一族の中から、はっと息を飲む音がした。「じゃあ、シャインアイスの目の見えない子猫ってのは、ほんとに生まれてたんだな」ささやき声があちこちから聞こえた。グレートキットはそれらを耳から締め出した。今に皆、僕がどんなに戦士見習いに向いているか分かるだろう。グレートキットは爪を出すと、樹皮に足をかけた。思ったよりもつるつるしていて、そう簡単には登れなさそうだ。だが、やるしかない。一族の役に立てることを証明しなくては。グレートキットはしっぽでバランスを取りながら、ゆっくりと木を登り始めた。全神経を研ぎ澄まして、じわじわと爪をかけて上登る。やがてライオンシャドウとペルトキットの匂いが強くなった。枝にたどり着いたのだ。「よくやった、グレートキット」ライオンシャドウが言う声がして、鼻づらに熱い息がかかったかと思うと、グレートキットは枝の上に引き上げられていた。足の裏に固い木の感触を感じた。隣りにいるペルトキットから、誇らしい気持ちが強く伝わってくる。「心配だったけど、大したことなかったわね!」「そうだな」グレートキットは一族の方を向きながら、言った。目が見えないせいでここから皆を見下ろす気分が十分に味わえない。視線は感じるし、匂いも音もするが、実際に見た時の感動とは程遠いだろう。

フィッシュポー
未登録ユーザー


トップに戻る Go down

終わりと始まり 1-1以前、4-6以降 Empty Re: 終わりと始まり 1-1以前、4-6以降

投稿 by フィッシュポー Wed Aug 26, 2020 10:52 pm

(第2章続き)

ほどなくして、ハートキットも枝の上にやって来た。3匹はそろって枝の上に立ち、一族の視線を一身に浴びていた。「それでは、命名式を始めよう。ペルトキット、おいで」ライオンシャドウが深い声で言った。ペルトキットが歩いていく音がして、しっぽでバランスを取りながら族長のもとに行く姿が浮かんだ。「ペルトキット、お前はこれから指導者に従い、訓練を怠らず、常に一族を守ることを優先し、見習いとしての行いを全うすることを誓うか?」「はい、誓います」ペルトキットの澄んだ声がする。グレートキットは隣りにいるハートキットが震えているのを感じて、ハートキットのわき腹に鼻づらを押し付けた。「姉さんはすごく立派だわ」ハートキットは緊張しているようだ。見習いになるための儀式は、一族にとって大事なものだ。一族が繁栄していることを実感できるからだ。グレートキットも失敗しないかと、気が気ではなかった。足をすべらせて、ぶざまに下に落っこちやしないだろうか?「それでは、お前に見習いの名を授けよう。ペルトキット、お前は今からペルトポーという名になる。戦士名を取得するまで、全力で尽くしてくれ」ライオンシャドウの声に、グレートキットは意識を引き戻した。島が静けさに包まれて、見習いとなったペルトポーが族長と鼻づらを触れ合わせているのだと分かった。「グレートキット」ライオンシャドウが突然自分の名を呼んだので、グレートキットは驚いた。もう僕の番なのか?グレートキットは匂いを頼りに枝の上を歩いていき、ライオンシャドウのそばでぴたっと止まった。下で、一族がざわめいている音がした。まるで目が見えているかのようにふるまったグレートキットに驚いているのだ。「グレートキット、お前も一族のために戦うことを誓うかね?」ライオンシャドウがほっとしたような声で言った。僕が落ちやしないかと思って見ていたんだ!グレートキットは頭を高く上げ、大声で答えた。「誓います!」ライオンシャドウがくすりと笑った。「その強い意志を忘れるんじゃないぞ。グレートキット、お前は今からグレートポーという名になる。名前に負けぬような、偉大な猫になってくれ」グレートポーはぞくぞくした。ついに見習いになった。やっと一族に貢献できる!すると、鼻づらに何かが触れた。グレートポーははっと思い出した。そうか、ライオンシャドウと鼻づらを触れ合わせるんだった。グレートポーは伸びあがって暖かい鼻づらに触れた。ライオンシャドウは満足げにうなずいた。「さ、ハートキット、君の番だ」ライオンシャドウが言い、グレートポーは後ろに下がった。先にいたペルトポーがしっぽで導いてくれた。「すごい大声だったわね。きっと荒れ地まで聞こえたに違いないわ!」ペルトポーが小声でささやいた。グレートポーは照れながらうなずき、ハートキットの儀式を見守ろうと向きを変えた。「ハートキット、命をかけて一族を守ることを誓うか?」族長が言った。ハートキットは言葉を忘れてしまったみたいに突っ立っている。「どうしちゃったのかしら。耳にコケでもつまっているの?」ペルトポーがつぶやいた。グレートポーはハートキットの方へ耳を向けた。心臓の拍動がすごく早い。緊張しているのは分かるが、それにしても早い。「ハートキット?」ライオンシャドウが繰り返した。ハートキットは、答えない。一族が騒ぎ出した。「見習いになりたくないのか?」ひときわ大きい声が響いた。ペルトポーがそっちを向いて、「父さんだわ!」と言った。グレートポーは声のもとをたどろうと身を乗り出した。川の匂いをまとった猫がいる。「ストリームぺルト、あたしたちの父さん」ペルトポーが教えてくれた。グレートポーは首をかしげた。なぜそんなに嫌そうに話すのだろう。「父さんは、出産間近の母さんを置いて川のそばのなわばりに戻ってしまったのよ。無責任だと思わない?」ペルトポーはまくしたてた。毛が逆立っている。だが、ぺルトポーが続けてなにか言う前に、ファーグレーの悲痛な声が響き渡った。「ハートキット!」グレートポーとペルトポーは慌ててハートキットの方へ意識を向けた。ペルトポーが叫んだ。「そんな!」グレートポーの耳に、なにかがオークの枝の樹皮をはがしながら落ちていく音が届いた。「何が起きてるんだ?」グレートポーはおろおろしているペルトポーをつついて聞いた。ペルトポーはぞっとしたような声で答えた。「ハートキットが枝から落ちてるわ!ライオンシャドウが支えているけれど…ああ、危ない!」グレートポーはもどかしくなった。今すぐ目が見えるようになればいいのに!「このままだとライオンシャドウまで落っこちちゃう!助けなきゃ!」ペルトポーが駆けていく音がした。「おい、よせよ!」グレートポーは後ろから叫んだが、聞こえなかったようだ。地上では一族が怒鳴ったり悲鳴を上げたりしている。匂いを頼りに族長のもとへ行って、グレートポーはぎょっとした。族長はハートキットをくわえたままの体勢で、ずるずると下に滑り落ちようとしている。あたりの空気は取り乱した猫たちによってめちゃめちゃに乱れていた。これでは、何がどうなっているのか正しく読み取るのが難しい。「グレートポー、こっちよ!手伝って。2匹を引っ張り上げるの」ペルトポーのくぐもった声が聞こえた。

フィッシュポー
未登録ユーザー


トップに戻る Go down

終わりと始まり 1-1以前、4-6以降 Empty Re: 終わりと始まり 1-1以前、4-6以降

投稿 by フィッシュポー Thu Aug 27, 2020 6:20 pm

(第2章続き)

グレートポーはペルトポーの方へ歩いて近寄り、状況を思い浮かべようと必死になってあたりを嗅いだ。「あたしの首をつかんで!あたしはライオンシャドウの首筋をくわえているわ」ペルトポーが言った。グレートポーはペルトポーの首と思わしき場所をしっかりくわえた。とたんに猫3匹分の重みが伝わってきた。自分たちは見習いになったばかりとはいえ、戦士たちの半分ほどの重さはあるだろう。グレートポーはつるつるすべる樹皮に爪を立ててふんばった。このままみんなで落っこちることになるのだろうか?すると、下で騒いでいた戦士たちが走ってくる音がした。僕たちを受け止めるつもりなのだろう。そんなの絶対に無理だ!きっと背骨が粉々に砕けてしまう。「もう少しよ!」ペルトポーがうなって、体を弓なりに反らせた。グレートポーはその反動で後ろに一歩下がって、ぞっとした。すぐ後ろにはなにもない。このまま下がれば、反対側から落ちる。「ペルトポー…!こっちもぎりぎりだぞ!」グレートポーは言った。すでに足が震えはじめ、筋肉が悲鳴をあげる。「いいから頑張るのよ。爪をしっかり立てていれば落ちやしないわ!」若い見習いはさらに体を反らし、どうにか族長と妹を助けようとした。グレートポーもできる限りの力をふりしぼって3匹を引っ張り上げた。ついに、「もう大丈夫だ!」という声と共に大きい猫がしっかりと樹皮をつかむ音がした。ライオンシャドウが引き上げられたのだ。その口に子猫が力なくぶらさがっているのを感じる。グレートポーは突然重みから解放されてよろけたが、ペルトポーが支えてくれた。2匹はどうにか枝の中央に戻り、族長と向き直った。「ハートキット!ああ、ライオンシャドウ、妹は大丈夫でしょうか」「分からない。とにかく、シャドウウィスパリングのもとへ行かなければならん。儀式は中断する!シャドウウィスパリング、ブルックポー!今すぐこの子猫を手当てしろ」ライオンシャドウはくぐもった声で一族に呼びかけた。そして、枝の上を歩いて幹に近づいていき、木を降り始めた。ペルトポーが後に続く。「なんだかとんでもないことになったな」グレートポーは小さくつぶやいた。いったいハートキットはどうしちまったんだ?急に木から滑り落ちるだなんて。
 3匹は地上に降り、群がる一族を押し分けてシャドウウィスパリングのもとへ向かった。シャドウウィスパリングは一族の面倒を見ている猫だ。皆からは看護猫と呼ばれ、薬草を使って病気を治す彼女は尊敬を集めていた。つい最近弟子入りしたブルックポーも彼女を尊敬していた一匹だった。周りでは、一族がさわさわとささやいていた。せっかくの命名式は、散々な終わり方をした。グレートポーはうつむいた。僕はハートキットのことを心配すべきだ。命名式のことなんか、二の次にしなくては。そのとき、ふわっと甘い香りがただよってきた。看護猫の匂いに違いない、とグレートポーは思った。もっとよく嗅ぐと、ブルックポーと思われる匂いもした。荒れ地の風の匂いがしみついている。「まあ、かわいそうに。相当なショック症状が出ているわ」おっとりした声がして、グレートポーは顔を上げた。シャドウウィスパリングはまるで母猫のようだ。優しく、全てを包み込むような猫。「娘はどうなるの?」いつの間にかやってきていたファーグレーが取り乱した声で言った。毛が逆立っている様子が思い浮かぶ。そんな母猫に、シャドウウィスパリングは穏やかに返した。「大丈夫よ。一時的な立ち眩みのようなものだわ。ハートキットはおそらく、高いところが苦手なのよ」グレートポーは耳をうたがった。高いところが苦手な猫なんか、いるのか?「ハートキットの命名式はまたやってもらえるわよね?」ペルトポーが小さくたずねたが、今度は誰も答えなかった。「とりあえずこの子はあずかるわ。ライオンシャドウ、見習いたちの指導者を指名してあげてください。まだ、儀式は終わっていないでしょう?」ライオンシャドウはうなずいた。看護猫には、族長も頭が上がらないようだ。「指導者を発表しよう」ライオンシャドウがよく響く声で言った。空き地の視線が再び2匹の見習いに集まった。「ペルトポー、今日からお前を指導するのは、ハニーレインだ」空き地の中央で驚いた鳴き声がし、誰かがさっと立ち上がった音がした。ハニーレインに違いない。「嬉しいです!ありがとうございます」ハニーレインが言い、小走りでこちらにやって来た。雌猫の足取りは雲のように軽い。「ペルトポー、全力であなたを指導するわ」ハニーレインが誓った。「その優しさと知恵を、ぜひ伝授してやってくれ」族長が言った。「それから、グレートポー、お前の指導者は」思わず緊張で毛が逆立った。いったい誰だろう?「スカーフェイスに任せよう」グレートポーの心が跳ねた。年長の、立派な戦士であるスカーフェイスが僕の指導者になってくれるなんて!喜びでしっぽを高々と上げると、そばにスカーフェイスの匂いがただよってきた。戦士のたくましい筋肉が毛皮の下で波打っているのを感じる。「娘に負けないよう、せいいっぱい努めます。グレートポー、よろしく」スカーフェイスが低い声で言った。グレートポーは思わずハニーレインの方に振り返った。2匹は親子なんだ。「ああ、頼むぞ。おれはお前の戦闘能力を高く評価している。その力を惜しみなくグレートポーに教えてやれ」ライオンシャドウがスカーフェイスに向かってうなずき、スカーフェイスが族長に頭を下げた。それから、指導者となったスカーフェイスは、グレートポーに向き直り、「さっそくなわばりを周ろうか」と言った。グレートポーは興奮してぴょんと跳ね、すぐに恥ずかしくなって姿勢を正した。僕はもう子猫じゃないんだぞ!「わたしたちも一緒に行くわ」ハニーレインの声がした。グレートポーと同じくらい興奮した様子のペルトポーがそばにいる。すると、不意に母の匂いがした。誇らしげに目を輝かせているようだ。「グレートポー、かっこよかったわよ。ペルトポーも立派だったわ!ハートキットもすぐに見習いになれるわよ。今、シャドウウィスパリングが看てくれているわ」シャインアイスは言った。グレートポーは伸びあがって母と鼻を触れ合わせた。「最高の気分だよ。ハートキットも早く回復するといいな」ペルトポーがうなずき、「妹と一緒に見習いになりたかったわ」と小さく言った。「ハートキットのことは心配するな。ほんの軽いショック症状が出ただけだからな」新しい声がした。ブルックポーの声だ。ブルックポーは荒れ地の匂いをまとっているからすぐ分かる。「それじゃあ、もういいか?行くぞ」スカーフェイスがブルックポーをちらっと見て言う様子が浮かんだ。空気が微妙に乱れ、ペルトポーが緊張したように毛を逆立てているのが分かった。「グレートポー、おれのそばについていろ。匂いを頼りに進め」スカーフェイスはそういうが早いが、さっと駆け出した。グレートポーはあわてて追いかけた。ハニーレインとペルトポーがついてくる足音がする。「がんばってね!」後ろからシャインアイスが叫ぶ声が聞こえた。グレートポーは返事がわりにしっぽを振り、意識を指導者に集中させた。スカーフェイスはすごい速さで下生えを駆け抜け、島を囲む湖をばしゃばしゃと渡り始めた。グレートポーは湖の手前で急停止し、少しためらった。後ろからペルトポーが突風のようにぶつかってきた。「ちょっと!何してるのよ。なわばりを探検したくないの?」ペルトポーはすっかり元気を取り戻したようだ。グレートポーは自分を奮い立たせた。湖なんか怖くない。だいいち僕は、夢の中で一度湖を渡ったじゃないか——あのときは、水面の上を歩いて行ったが。グレートポーは湖に足を踏み入れた。冷たい水が足を包む。思わず水から出たい気持ちを抑えて、グレートポーはずんずん進んでいった。水の中ではスカーフェイスの匂いはしないが、指導者が力強く水をかくのが伝わってくる。グレートポーは泳いでいる自分の姿を思い描き、前足で水をかき始めた。思ったよりも水は重かったが、負けじと突き進んだ。と、頭に指導者の鼻が触れた。「湖岸だ」その声の直後に、グレートポーの足先が小石に触れた。グレートポーは立ち上がり、地上まで歩くと、全身を震わせて水をはじき落とした。「おい、おれにかけるなよ」スカーフェイスが言った。グレートポーはあわてて飛びすさり、「すみません!」と謝った。
 4匹は島と反対側の湖岸に立った。前方からは小川が流れる音がして、遠くの方にはかすかに森がざわめく音が聞こえる。湖の周りに広がっているなわばりを、グレートポーは想像した。きっとものすごく壮大な景色に違いない。「すごいわ、どこまでも走っていけそう」ペルトポーが感動したように言うのが聞こえた。「若いな、昔もおれはそんなふうに思っていたっけなあ」スカーフェイスが笑いの混じった声で言い、娘のハニーレインがくすくす笑った。「ペルトポー、この景色をよく覚えておきなさい。この広い土地は全てわたしたち戦士猫のものなのよ」雌の戦士が弟子に言った。「お前もこの景色を感じているな?」スカーフェイスが話しかけてきた。グレートポーはうなずき、「近くに小川があります。向こうの方にはかすかに森の匂いがします。それから、あちら側から荒れ地を渡ってくる風の音が聞こえます。小川の向こうには背の高い木々が生えているようです」と言った。スカーフェイスはしばらく無言だったが、感心したようにうなり、「お前は本当に素晴らしい鼻と耳を持っているな」とつぶやいた。グレートポーはほめられて嬉しくなり、ぴんと耳を立てた。朝日を浴びて戦士と共に湖岸に立っている自分を想像して、誇らしくなった。僕は一族で一番強い戦士になるぞ。誰にも負けず、誰からも尊敬されるような猫になるんだ。グレートポーは心の中でひそかに誓った。それから、湖にくるりと背を向けて歩き出した指導者を追って、走って行った。

フィッシュポー
未登録ユーザー


トップに戻る Go down

終わりと始まり 1-1以前、4-6以降 Empty Re: 終わりと始まり 1-1以前、4-6以降

投稿 by フィッシュポー Sat Aug 29, 2020 9:46 pm

第3章

 午後の明るい陽射しが背中を照らし、体中がぽかぽかと温まった。ウォーターポーは体を弓なりに曲げてのびをすると、半分地面に埋まった岩のそばに寝そべった。気持ちがいい天気で、眠くなってくる。「ウォーターポー、訓練はどうした?」うとうとしていると、頭上から声がした。上を見るとラージアウルが岩の上から顔をのぞかせていた。戦士の茶色と黒の毛並みが、太陽の光で輝いている。ウォーターポーはうんざりしながら立ち上がり、岩に飛び乗った。「スカイハートは寝てるわ。嘘だと思うなら、戦士部屋をのぞいてらっしゃいよ」ウォーターポーはそう言いながら、若い戦士が鼻を鳴らすのを待った。きっと散々ばかにするつもりなのだろう。ところが、ラージアウルは驚いたことに心配そうな表情を浮かべた。「なあ、ウォーターポー。本当に族長に言った方がいい気がするよ。このままじゃ君は一生戦士になれないぞ」ウォーターポーはぎくりとした。確かに、このままではあたしは戦士になれないかも。一族の同期の猫たちは、みんな戦士になってしまった。このラージアウルもそうだ。「あたしもそう思ってるけど…。この忙しいときに、トゥウィンクルスターの手をわずらわしたくないの。この間戦いがあったでしょう?あの時族長は命を一つ失ったと聞いているわ」もぞもぞ前脚を動かしながら言うと、ラージアウルが顔を近づけてきてどなった。「それは言い訳だ!族長の手をわずらわしたくないんだったら、早く戦士になるんだ。それが一番トゥウィンクルスターにとって嬉しいことだ。今すぐ、指導者を変えてもらえ。僕も一緒に行ってやる」ウォーターポーはあとずさった。ラージアウルの目に怒りと心配が浮かんでいた。本気であたしが戦士になれないと思っているんだ。ウォーターポーは毛を逆立てた。そんなに心配してもらわなくて結構よ!だが、戦士の顔を見つめているうちに、ラージアウルの言う通りかもという気がしてきた。見習いになってからというもの、スカイハートからろくな指導を受けたことがない。「じゃあ、行こうかしら…」ウォーターポーはつぶやき、岩からひらりと飛び降りた。後ろからラージアウルがついてくる。ウォーターポーは振り向いて言った。「あたしだけでいいわ。ありがとう、ラージアウル。おかげで決心がついた」若い戦士はぴくぴくとひげを動かした。「けど…」ウォーターポーはおかしくなってしっぽを振った。「いつもはあたしがシャドウ族の戦士みたいな態度を取るくせに、今日は優しいのね」とたんにラージアウルの毛が逆立った。「僕は一族の心配をしているだけだ。お前がいつまでも見習いでいたら、他の部族に怪しまれるだろ」ラージアウルはそう言っていばった足取りで歩き去った。やっぱりね、とウォーターポーはその後ろ姿に向かってうなずいた。それから、ハイレッジに向かって歩き出した。くずれた岩の坂を登ると、カラカラと音を立てて小石が落ちた。空き地に出ていた一族の猫たちが、何事かとこちらを見ているのを感じた。「トゥウィンクルスター?」ウォーターポーは岩の割れ目の部屋に声をかけた。「あら、ウォーターポー」穏やかな声がして、トゥウィンクルスターがしっぽでこちらへこいというように招いているのが見えた。ウォーターポーは緊張を飲み込んで部屋へ入った。族長の匂いがしみついた部屋は、とても居心地がよさそうに見えた。「どうしたの?あなたが部屋に来るのは初めてね」トゥウィンクルスターはしっぽを足にかけて、じっとこっちを見つめている。「ええと…その…」ウォーターポーは口ごもった。いざここに来たのはいいものの、なんと言えばいいのか分からない。「なにか悩んでいるのね?」族長が言った。その優しい声に、思わずウォーターポーは話し出した。「あたしの指導者をどうにかしてください!スカイハートは怠け者です。あたしを訓練に連れていくどころか、ずっと寝床で寝てるんですよ。見習いになってから一度も教えてもらってません。」ウォーターポーは一息つくと、呆気にとられているトゥウィンクルスターの目を見つめて、はっきりと宣言した。「新しい指導者をください」声が震えないように気を付けた。族長を前にしておびえた子猫みたいな態度は取りたくない。ウォーターポーが見つめていると、族長は長々とため息をついた。どうしたものかというようにしっぽが寝床のコケの上を行ったり来たりしている。「あなたの言い分もわかるわ」トゥウィンクルスターがようやく言った。かすれ声なうえに小さな声だったので、ウォーターポーは耳をそばだてなければいけなかった。「だけれど、指名したときはこんなことになるとは思っていなかったの。スカイハートはやる気に満ち溢れていたし…。言いたくないけれど、あなたのせいでもあるんじゃないかしら?」ウォーターポーは耳を疑った。「あたしの才能の無さを責めるんですか?」族長の緑色の目にぎょっとした表情が浮かんだ。「そういうことじゃないわ。指導者とのトラブルがあったんじゃないかと思ったの。弟子と指導者の相性が合わない場合もあるわ」ウォーターポーは部屋の地面をひっかいた。いらいらしてきた。あたしとスカイハートの相性の話なんか、したくない。「相性を合わせる努力をしろとおっしゃっているんですか?もう散々です。あたしはこのままだと戦士になれないわ、きっと!それはサンダー族にとっても困ることですよね?トゥウィンクルスター!」最後は悲鳴のように叫ぶと、トゥウィンクルスターが驚いたようにまばたきした。その目はウォーターポーの背後、部屋の入口に向けられている。「誰かいるんですか?すみませんけど、今族長はあたしと話してるんです」言いながらウォーターポーは振り向き、そして口をつぐんだ。部屋の入口に立っていたのは、がっしりした雄猫だった。影になっているが、焦げ茶のとら柄の模様がよく目立つ。「スカイハート!」ウォーターポーは思わず耳を寝かせた。指導者はいつからそこに立っていたんだろう?「訓練をしに行くぞ。なにをぼさっとしてる?」スカイハートが投げやりな口調で言った。毛づくろいをしていないのか、寝ぐせがいたるところについている。嫌悪感がウォーターポーの耳からしっぽの先まで駆け巡った。こんなときにだけ現れて、一体どういうつもりなの?「スカイハート、どういうことですか?あたしの指導者じゃなくなるのが嫌なんですね!でももう、あたしは族長にお願いしたんです。今更訓練なんかしたって——」「黙れ、つべこべ言うな。お前こそ今まで一度も訓練をする意欲をみせなかったじゃないか。おれは必要ないのかと思っていたぞ」スカイハートがさえぎった。いらいらしたようにひげを震わせている。険悪な2匹の間に、するりとトゥウィンクルスターが入り込んだ。「ウォーターポー、スカイハートもやる気になってくれたみたいだし、一度訓練に行ってみたらどうかしら。指導者を変えるのは、それからでも遅くないわ」族長はちらっととら柄の雄猫を見て、うなずいた。まるで頑張ってねと励ましているようだ。ウォーターポーはしぶしぶ族長の部屋を出た。少し傾きはじめた太陽が、相性の悪い2匹を容赦なく照らし、スカイハートが嫌そうに毛を逆立てるのが見えた。ずっと怠けていた体には、直射日光がこたえるようだ。「訓練場の空き地に行くぞ」スカイハートはうなり声で言った。ウォーターポーはその後ろをうなだれながらついていった。キャンプ中の一族の目が、自分たちに集まっている気がする。「よう、どこへ行くんだい?」イバラのトンネルを抜けたところで、見張り番をしていたブルーウィングが声をかけてきた。副長は鮮やかな青い目を不思議そうに輝かせている。「訓練場の空き地に。見りゃ分かるだろ、こいつを指導しに行くんだ」不機嫌にスカイハートが返すと、ブルーウィングはぴくりと耳を動かした。「そうか、キツネに気をつけろよ」スカイハートは忠告を無視して歩き出した。ウォーターポーは副長に向かって小さく頭を下げ、後に続いた。あーあ、どうしてこうなっちゃったの?スカイハートが急にやる気を出すなんて、ハリネズミが空を飛ぶのと同じくらいあり得ないはずだったのに。みじめな気持ちで森を歩いていると、下生えの中からおいしそうな匂いがただよってきた。リスの匂いだ。「スカイハート、少し狩りをしませんか?訓練に前に、腹を満たした方がいいんじゃないでしょうか」ウォーターポーは提案した。きっと良いって言うわよね。スカイハートは戦士だもの、狩りができないはずがないわ。ところがスカイハートは立ち止まりもせず、ウォーターポーのことを一度にらんだかと思うと、鋭い声で言い放った。「お前というやつは戦士のおきてをひとつも理解していないようだな。訓練場で訓練した後にみっちり教えてやる」ウォーターポーは毛を逆立てた。教えるのは、あなたの仕事でしょう!どうしてあたしが怒られなきゃいけないのよ?だが、もう言い争ってもむだな気がしてきた。この指導者を受け入れなければ、あたしは戦士になれないかもしれない。「分かりました、スカイハート。しっかり学びます」ウォーターポーは小さく言った。スカイハートが鼻を鳴らして、シダの茂みの間に消えた。ウォーターポーは慌てて後を追いながら、胸の中で誓った。こうなったからには、とことん学んでやるわ。そしてサンダー族最強の戦士になるの。

フィッシュポー
未登録ユーザー


トップに戻る Go down

終わりと始まり 1-1以前、4-6以降 Empty Re: 終わりと始まり 1-1以前、4-6以降

投稿 by フィッシュポー Tue Sep 01, 2020 9:11 pm

(第3章続き)

 「さあ、やってみろ。これくらい簡単にできるはずだ」指導者の声が空き地に響く。コケにおおわれた平らな地面の上で、ウォーターポーは指導者と向かい合っていた。スカイハートは怠けていたとは思えないくらい素早い動きで守りの技をやって見せた。そして、同じ動きをやるようにウォーターポーにうながしていた。「いきなりですか?今、やるんです?」ウォーターポーはとまどって聞いた。肩の毛が逆立ち、思わず地面に爪をつき立てる。「ああ、今だ。そんなに心配するな。失敗しても怒りはしない」スカイハートが穏やかな声で言った。ウォーターポーはあわてて爪を引っ込めて、さきほどの指導者の動きを思い出そうとした。素早すぎて、よく分からなかったけど、とにかく転がればいいのよ。ウォーターポーは自分に言い聞かせた。何度か動きを思い描くと、深呼吸してぱっと転がった。背中が地面をこすり、起き上がる時にコケが口の中に入った。ウォーターポーは立ち上がると、口からコケをはきだしてからスカイハートと目を合わせた。「なかなかよくできたじゃないか」スカイハートはうなずきながら言った。ウォーターポーの心が弾んだ。あたしもやればできるんだわ。「だがもちろん、完璧には程遠いぞ。何度も練習しろ」指導者はそう言うと、もう一度転がって見せた。稲妻のような速さで横ざまに転がり、ぱっと起き上がって相手を殴るふりをする。「敵に上から抑え込まれないように素早くやるのがこつだ。もし余裕があったら、転がり終わった後に技を仕掛けるのもいい」ウォーターポーは熱心にうなずいた。生まれて初めてスカイハートを尊敬したくなった。誰が何と言おうと、スカイハートはサンダー族の戦士なのだ。ウォーターポーは見よう見まねで転がった。できる限りの速度で立ち上がり、鋭いパンチをくり出そうとしたが、足元の小石に気づかずぶざまによろけてしまった。ばたんと倒れた拍子に胸をしたたかに打った。ウォーターポーは顔をしかめながら立ち上がった。きまり悪さで体がほてる。「いきなり技をやろうとしなくていいぞ。少しずつだ」スカイハートはにこりともせずに言った。ウォーターポーはコケのくずを体にはりつけたまま、何度も転がる練習をした。やがて、森全体が回っているような錯覚に捕らわれた頃、ようやくスカイハートは訓練は終わりだと告げた。ウォーターポーはぜいぜい言いながら空き地に寝そべった。全身の筋肉が強張り、足先はずきずきする。「よくやった。おれたちはスタートが遅れているからな。これからも厳しい訓練が続くが、覚悟はできてるか?」指導者がそばにやって来て言った。スカイハートも、ウォーターポーの指導で手本を示していたから、コケにまみれている。「はい、もちろんです!」ウォーターポーは体を振りながら起き上がり、しっぽをぴんと立てた。疲れていたが、訓練をきちんと行えたことへの達成感の方が大きかった。スカイハートはうなずき、ゆっくりと歩き出した。指導者も久々の訓練でくたびれているようだ。2匹はキャンプまでの道すがら、空腹と疲労に耐えながら無言で歩いた。夕暮れの森はみずみずしい匂いに満ち、淡く照らしてくる日の光に木々はオレンジ色に染まっていた。ウォーターポーは獲物が動き回る音を聞きながら、ふと訓練の行きのことを思い出した。獲物を捕まえて食べようと提案したウォーターポーを、スカイハートが叱りつけたのだ。そういえば、戦士のおきてについての話をしてくれる約束だっけ。でも今日は、何もする元気がないわ。すでに頭の中は、どうすれば敵から身を守れるかということでいっぱいだ。キャンプへ向かうイバラのトンネルをくぐりながら、ウォーターポーは思った。本当にあたしは、狩りも戦いも戦士のおきても覚えることができるのかしら。いつか、最強の戦士になると誓ったが、その道のりは想像以上に険しそうだ。
 2匹がくぼ地に入ると、何匹かが驚いたように顔を上げた。空き地の中央にいたグリーンフォックスが、立ち上がってこちらに小走りでやって来た。スカイハートは何やらつぶやきながら獲物置き場の方へ去っていった。「ウォーターポー、どこに行ってたの?」グリーンフォックスが不思議そうに聞いてきた。最後の日の光に目が輝く。「スカイハートと、訓練に。とっても疲れたけど、技をひとつ学べたわ」ウォーターポーは戦士と鼻をふれ合わせながら言った。すると、グリーンフォックスの顔に驚きの表情が広がった。「じゃ、スカイハートはついにやる気を出してくれたのね」ウォーターポーはうなずいた。本当のところは、スカイハートがやる気になったかどうかは分からない。単にトゥウィンクルスターに指導者を降ろされることになるのが嫌なだけだったかもしれない。だが、それは黙っていることにした。そんなことを言ったところで、何かが変わるわけでもない。「とにかく、お腹が空いたわ!」ウォーターポーは言った。若い戦士はおかしそうにひげを動かし、「ウサギでも食べましょ」と獲物置き場に走って行った。ウォーターポーはグリーンフォックスの後を追い、すでに獲物を食べていたスカイハートの横に座った。指導者はモリネズミをがつがつと食べている。「はい、これ」グリーンフォックスが大きなウサギをくわえてやって来た。2匹で食べても満腹になれそうだ。ウォーターポーはかがんでウサギを食べながら、両隣に暖かいわき腹を感じていた。信頼できる友達と、少し尊敬できる指導者に挟まれている。今日も、いい日だわ。ウォーターポーは思った。もしかしたら、あたしの運命の歯車はいい方向に回りだしているのかもしれない。これからは、スカイハートもきちんと訓練してくれるだろう。ようやく、戦士になれる道が見えてきた。

 ウォーターポーは首をひょいとかがめて相手の足をよけると、素早く腹の下にもぐって柔らかい部分を二発殴った。相手がうっと声をあげてのしかかってくる。ウォーターポーはヘビのように身をくねらせて重い体から逃れると、ぱっとその場から飛びのいて構えた。相手の次の動きを警戒することを忘れないようにする。相手——スカイハートは、地面に倒れていたが、不意に後ろ足で立ち上がり、ぐるりとこちらを向いた。そして爪の出していない足でリズミカルに攻撃を始めた。ウォーターポーはふらつきながら全ての攻撃をかわそうとしたが、三発以上が頭に命中した。くらくらとして、目の奥に星が散った。負けじと攻撃しようとしたものの、足に力が入らず、濡れたコケの上ですべって転んでしまった。すかさずスカイハートが跳んできてウォーターポーを抑えつけた。鋭い歯が喉元に迫る。だが、指導者はひげが頬をかするところまで顔を近づけるとすぐ、首を上げた。ウォーターポーは起き上がりながらせきこんだ。先ほどの重いパンチの痛みで、腹がうずく。「途中までは良かったが、まだ速い攻撃には慣れていないな。覚えておけ、戦いでは誰も待ってくれないぞ」ウォーターポーはしっぽの毛を逆立てた。それくらい、分かってるわ!息が上がり、疲れて頭がぼんやりするが、まだ訓練し足りなかった。もっとできるはずだ。指導者をちらりと見ると、たくましい肩にコケを沢山つけたまま、こちらを見ていた。訓練や狩りをちゃんとするようになってからというもの、スカイハートはみるみる戦士らしさを取り戻した。毛並みはなめらかになり、筋肉がついた体はたくましく。手入れの行き届いたかぎ爪は鋭くとがっている。「今日はキャンプに帰ろう。さっき頭を打っただろうから、帰ったらロックアイに見てもらえ」スカイハートはウォーターポーから目をそらし、そっけなく言った。愛想が悪いところは変わっていない。ウォーターポーは体を振ってコケや落ち葉を振り落とした。朝から降り続く雨で、体中が濡れていて気持ちが悪いし、寒くてたまらない。だが、まだキャンプに帰る気はしない。「もう少し訓練をしたいです!あたしは大丈夫です」すでに空き地から出ていこうとしている指導者の後ろ姿に向かって呼びかけると、スカイハートはただしっぽを振って言った。「なら、狩りをするといい。とにかく、訓練のしすぎはかえって良くない。お前の集中力が落ちれば、けがをする確率も高まるからな」とら柄のしっぽが下生えのなかに消えた。ウォーターポーは空き地にひとり取り残され、ため息をついた。やっぱり、集中できていなかっただろうか。最後の方は、あまり考えずに感覚に任せてしまった。スカイハートはなんでもお見通しのようだ。ウォーターポーは気をとりなおし、狩りをすることにした。雨が降っているからたいした獲物は見つからないだろうが、なんでもいいから気を紛らわしたい。
 空き地を出てしばらく迷ったあと、ウィンド族との境界線の方へ行くことにした。身を隠せる場所が少ないあそこだったら、クロウタドリか何かが見つかるかもしれない。ウォーターポーはつるつるすべる落ち葉の上を爪を立てて走って行った。青葉の季節が終わり、地面には落ち葉が厚く降り積もっている。倒木を飛び越え、イバラの茂みをぐるりと避けて進んでいくうちに、先ほどまでの疲れがほぐれていくのを感じた。小降りになった雨が優しく毛皮をなでていく。ウォーターポーは速度を上げた。ウィンド族のなわばりが近づいてくるにつれ、空けた土地を吹く風の匂いが強くなってきた。下生えが減り、足元には固く弾力のある草が生え始めた。そろそろ境界線だと思って立ち止まったウォーターポーは、はっと息を飲んだ。目の前に広がる広大な景色に、思わず見入る。ウィンド族のなわばりは眺めがいい。今は雲が厚くたれこめているが、その奥に山々が立ち並んでいるのが分かる。何度来ても、ここからの眺めに飽きることはないわ。ウォーターポーは心の中でつぶやいた。それから、ウィンド族のなわばりに背を向けると、獲物の匂いを求めてあたりをかいだ。一度ちらっとネズミの匂いがしたが、どうやら巣穴に隠れているようだった。「これで獲物がわんさかいれば最高よね」ウォーターポーはひとりごちた。あきらめずに地面をかぎまわっていると、今度はリスの匂いを感知した。だが、匂いは地面からではなく、木の上からただよってくる。ウォーターポーは迷わず匂いのする木に飛びついた。樹皮に爪を立てて登り、リスに向かって枝を渡る。紅葉に輝く葉のすき間から、リスの姿が見えた。枯葉の季節に備えてたらふく食べているようで、肉づきがいい。持って帰ったら、今日一番のごちそうになりそうだ。ウォーターポーはすべりやすい枝の上をゆっくりと歩いてリスに近寄った。リスは木の実を食べるのに夢中で、何も気づかない。あと少しよ。ウォーターポーは自分に言い聞かせた。スカイハートの言っていたことを思い出して。狩りには、忍耐が必要。ウォーターポーは枝に腹をつけてじっとし、飛びかかるタイミングを見計らった。そしてリスが次の木の実を探そうと立ち上がったとたん、ぱっと身を躍らせてリスめがけて跳んだ。リスはあわてて逃げようとしたが、ウォーターポーの方が速かった。ウォーターポーはリスをひとなぐりしてしとめると、ふさふさするしっぽをくわえあげた。満足感が体中を駆け巡る。と、体ががくんと下に落ち始めた。着地した後のことを考えていなかった!ウォーターポーはあわてた。後ろ脚がどちらも滑り落ち、前足はどうにか枝をつかんでいるものの、すぐ限界が来るだろう。叫ぼうにもリスがじゃまだ。ウォーターポーはパニックになって毛を逆立てた。前足がどんどんすべっていく。もうおしまいだわ。頭の中に、スカイハートやグリーンフォックスの顔が浮かんだ。あたしは、最後まで一族に貢献しようとした猫としてみんなの記憶に残るかしら?と、大きな鳴き声がした。続けて走ってくる音が、あたりに響いた。「そのまま落ちてこい!受け止めるから!」聞きなれない声がした。だが、声の主を考えている暇はない。ウォーターポーは思い切って前足を枝から離した。誰だか知らないけど、信じるわよ!体が何もない空間を落ちていった。リスのしっぽが顔をかする。全ては一瞬の出来事だった。ウォーターポーは柔らかい大きな背中にどんとぶつかり、地面にすべり落ちた。受け止めてくれた相手が、うなる声がした。ウォーターポーは恐怖とショックで毛を逆立て、しっぽをふくらませながら、なんとか立ち上がった。助けてくれた誰かに、お礼を言わないといけない。「あ、ありがとう」そう言いながらふらふらとその猫に近寄って、ウォーターポーははっとした。たった今ウォーターポーを受け止めてくれた猫から、ウィンド族の匂いがしたのだ。「大丈夫かい?」ウィンド族の見知らぬ猫がせきこみながら立ち上がった。ウィンド族にしては大柄な、黒と金茶色の雄猫だ。「ええ」ウォーターポーは警戒して一歩下がった。命の恩人とはいえ、他部族の猫をなわばりに入れてしまった。「そうか、よかった。荒れ地で狩りをしていたら、木にぶらさがってる猫が見えたからさ」雄猫はおかしそうに目を輝かせて言った。思ったよりも幼い顔だ。見習い猫だろうか。「とにかく、助けてくれてありがとう。もうなわばりに帰った方がいいわ」ウォーターポーは雄猫を見ながら言った。その目に輝いているのは、好奇心?「ああ、そうするよ」ウィンド族の猫は境界線に向かって歩き始め、自分のなわばりに入った。だがそこで少しためらい、振り返って言った。「ぼくは、スプレイポー(しぶき足)。君は?」ウォーターポーはリスをくわえようとしてかがんでいたが、体を起こした。「あたしはウォーターポーよ」スプレイポーを見つめて言うと、ウィンド族の見習いは満足したようにくるりとしっぽを上げた。「じゃ、ウォーターポー、これからは木に気をつけろよな!」スプレイポーは走り去っていった。ウォーターポーはその場に立ち尽くしていた。いったい、かれは何者なの?ウィンド族というのは、こんなにみんなに親切なの?ウォーターポーはリスのことも忘れて、自分を救ってくれた親切な雄猫の後ろ姿を見つめ続けていた。黒と金茶の見習いの姿は、やがて、丘の斜面の向こうに消えた。

フィッシュポー
未登録ユーザー


トップに戻る Go down

終わりと始まり 1-1以前、4-6以降 Empty Re: 終わりと始まり 1-1以前、4-6以降

投稿 by フィッシュポー Sun Sep 13, 2020 11:53 am

(第3章続き)

 「集中しなさいよ、ウォーターポー!」甲高い声が耳に飛び込んできたかと思うと、ウォーターポーは突き飛ばされた。口に砂が入り込み、激しくせきこむ。ウォーターポーはあわてて立ち上がった。体中が砂まみれだ。「なにをぼさっとしてたの?そんなんじゃ、戦いの途中で敵にのどを噛まれても気づかないわよ」三毛柄の戦士が近づいてきながら言った。ウォーターポーは戦士をにらみつけ、頭を振った。そうだった、あたしはフラワードリームと訓練をしていたのだわ。若い雌の戦士は毛を逆立てている。毛並みはつややかだ。つまり、ウォーターポーは一度もフラワードリームに攻撃を加えられていないということだ。「やっとやる気になったの?」フラワードリームはばかにしたようにうなった。ウォーターポーは挑発を無視して、ちらりと空き地のはしにいる指導者の方を見た。スカイハートは険しい目で2匹を見つめている。「よそ見してる場合?」うなり声がし、フラワードリームが飛びかかってきた。ウォーターポーはとっさに横に転がってよけた。フラワードリームののばした前足は先ほどまでウォーターポーがいた場所をたたいた。ウォーターポーは素早く起き上がって、バランスをくずしているフラワードリームの上に飛び乗った。爪を出さずに、耳をなぐると、雌猫は不意に後ろ脚で立ち上がり、ウォーターポーを払いのけた。地面にすべり落ちたウォーターポーは、体をねじってフラワードリームのしっぽをよけた。戦士は大きくしっぽを振ってウォーターポーの方へを向くと、歯をむいて跳び上がった。かなり高くまで跳んだフラワードリームの白い腹が太陽の光をさえぎった。ウォーターポーはチャンスと思い、あらわになったフラワードリームの腹にパンチをくりだした。ところが、フラワードリームは空中で身をひるがえし、ウォーターポーの突き出した前足に噛みつきながら着地した。着地の勢いでウォーターポーの前足がねじれる。鈍い痛みが走り、ウォーターポーは悲鳴を上げた。それでもフラワードリームは足を離さない。「はなして!」ウォーターポーは必死に叫んだ。三毛柄の戦士はぱっと体を離し、息を整えた。「最初の攻撃は良かったけど、あたしの体の大きさと重さを考えてなかったわね」フラワードリームは前足をなめながら言った。満足そうな表情だ。「爪を出していればあなたの背中にしがみついていれたわ」ウォーターポーは言い返した。「あら、じゃああたしは本気であなたの前足に噛みついておけば良かったわね」フラワードリームが皮肉たっぷりに言い、耳でウォーターポーの前足を指し示した。「本当の闘いだったら折れてるわよ」ウォーターポーは痛みでうずく足を無理やり振った。「でもこれは訓練よ」スカイハートが近づいてきた。しっぽをぴんと立てている。「フラワードリームは戦士になってからも上達を続けているな」ウォーターポーの方はちらりとも見ない。「だが、跳んで敵に腹を見せるのは危険すぎる攻撃だ。賢い選択とはいえない」フラワードリームが不満そうに爪を出し入れした。「でも、上手くいったじゃないですか」スカイハートはとら柄のしっぽをさっと振った。「それは、相手が見習いだからだ。もし熟練の戦士の前で同じ動きをしたら、お前は後悔することになるだろう」フラワードリームが納得したようにうなずいているのがしゃくにさわった。「スカイハート、あたしはどうでしたか?」空き地から出て行こうとする指導者についていきながらウォーターポーは聞いた。戦士はたくましい肩でシダの茂みを押し分けていく。「評価する必要もない。自分でも分かるだろう。俺の目には、さっきのお前はウサギのダンスを踊っているように見えた」スカイハートはそう言い残してキャンプの方へ走り去った。フラワードリームがご愁傷さま、という顔をして横をすり抜けていった。ウォーターポーは森の中で立ち止まり、悔しさに痛む前足をにらみつけた。どうして、きょうは何一つまともに出来ないの?やっぱりあたしは落ちこぼれなのかしら。すると、心の中に黒と金茶色の雄猫の姿が浮かんだ。陽気な声が耳に蘇る。ウォーターポーはあたりを見回した。誰もそばにいないわよね。口を開けて空気を吸い込む。一族のにおいはしない。狩りに行くだけよ。ウォーターポーはなぜか言い訳をしながら、ウィンド族との境界線に向かって駆けだした。痛かった足に力がみなぎり、落ち葉がパリパリ音をたてる。この前助けてもらった木が見えてきた。立派なカシの木だ。ウォーターポーは木を見上げ、黄金色に染まる葉の間から太陽を透かし見た。今頃、スプレイポーは何をしているのだろう。また、荒れ地に狩りをしに来てはいないだろうか。そこまで考えてから、ウォーターポーははっとして自分を叱った。いったい何を考えてるの?スプレイポーは助けてくれたとはいえ、ウィンド族の見習いだ。友達になんかなれない。いくらサンダー族に見習い仲間がいないからって、他の部族に目を向けるのは間違いよ。ウォーターポーは頭上を見上げるのをやめ、ウィンド族のなわばりに背を向けて歩き出した。耳をそばだて、鼻を利かせる。あたしが探しているのはリスやネズミ。金茶色の雄猫じゃないわ。その時、下生えがかさこそ鳴った。ウォーターポーはぴたりと足を止め、神経を茂みに集中させた。目をこらすと、茶色く枯れかけた茂みのなかにウサギの毛がのぞいていた。ウォーターポーの心が躍った。ウサギは長いこと口にしていない。一歩一歩、すべるように進む。乾燥した葉に覆われた地面は、音を立てやすい。細心の注意を払いながら茂みを目指す。ウサギが鼻をふんふんいわす音が聞こえた。腐葉土を掘るのに忙しそうだ。ウォーターポーは舌なめずりした。なんて鈍いウサギなの!しっぽ1本分の距離まで近づいても、こちらに気づかない。ウォーターポーはぱっと跳び、ウサギの首に噛みついた。驚いたウサギは力強く暴れた。思ったよりも体が大きい。ウォーターポーは牙に力をこめて、ウサギの首の骨を折った。ウサギはくたっとなってウォーターポーの口からぶらさがった。誇らしい気持ちが沸き上がり、思わずのどを鳴らしたウォーターポーは、もぞもぞと茂みを出る途中ではっと身をこわばらせた。ウサギのにおいよりも濃厚にウィンド族のにおいがする。ウォーターポーはウサギをはなし、振り返って毛を逆立てた。侵入者がいるのだろうか。しかし、なわばりの中には猫の姿は見当たらなかった。ウォーターポーは警戒態勢のままゆっくりとにおいをたどった。境界線に近づくにつれ、においはどんどん濃くなり、やがて境界線上についた。しかしどこにも猫の気配はない。ウォーターポーは首をひねった。たしかにウィンド族のにおいがしたのに。その時突然、上から声がふってきた。「きょうは雨じゃなくて猫が降るぞ!」ウォーターポーが上を見たのと同時に、毛のかたまりがこちらに向かって落ちてきた。ウォーターポーは驚いてあとずさり、目を丸くして空中でもがく猫を見つめた。数秒後、猫はどすんと音を立てて地面に不格好に着地した。全身の毛が逆立って、耳も寝ている。「スプレイポー!」ウォーターポーは思わず叫んでいた。金茶色と黒の見習いは、ウォーターポーを振り返ってすねたように言った。「ぼくは君を受け止めたのに!」そのひどい格好に思わずウォーターポーは声を上げて笑ってしまった。あちこちに毛色と同じ落ち葉をくっつけている。スプレイポーは怒ったふりをしてウォーターポーに飛びかかり、体を振って落ち葉を浴びせた。ウォーターポーは毛をふくらませた。「ちょっと!」おかしそうに目を輝かせているスプレイポーをにらむと、目を離せなくなった。どうしてそんなに優しい表情をしているの?「君がどうしているか気になってさ」スプレイポーは体中をなめて毛並みを整えながら、近づいてきた。ウォーターポーはスプレイポーの毛づくろいを手伝ってやろうかと迷ったが、やめておくことにした。部族仲間以外とグルーミングするのは、なんだかいけないことのような気がしたからだ。「そ、そうなのね。ウィンド族のみなさんはお元気?」ウォーターポーはかたい口調で言った。本当はスプレイポーに会えて嬉しいが、素直に態度に表せない。「うーん…」スプレイポーは体をなめるのをやめて、じっとこっちを見つめた。「元気か、って言われると、答えられないな。実はあんまり満足に暮らせてないんだ」ウォーターポーは驚いて見習いを見つめた。一族のことをそんなにべらべらしゃべっちゃっていいの?あたしは、サンダー族よ。「獲物はいないし、最近丘が変なんだ。地割れっていうのかな。ぱっくり裂け目ができてたり、それから」ウォーターポーはしっぽでスプレイポーの口をふさいだ。「スプレイポー、ここはサンダー族のなわばりよ。そしてあたしはサンダー族」スプレイポーは肩をすくめた。「木の上はウィンド族のなわばりに入ってたよ。それに、君はサンダー族だけど信頼できる猫だと思うから」ウォーターポーは体がほてるのを感じた。まだ会うのが2回目なのに、信頼してくれているの?「でも、あたしたち2回しか会っていないわ」つぶやくと、スプレイポーが首をかしげた。「初見で分かったよ。君はいい奴だってこと」ウィンド族の見習いはウォーターポーのわき腹をしっぽでかすった。「なあ、これからも会えないかな?ウィンド族には見習いがぼくしかいないんだ。もし良かったら、その、ウォーターポーがいいならっていう意味だけど、ぼくたち友達にならないか?」明るい光がさしたようだった。ウォーターポーはぴんとしっぽを立て、うなずいた。スプレイポーもさびしかったのだ。友達になるくらい、いいわよね?戦士のおきてでも、他の部族と助け合いなさいといっているし。スプレイポーがのどを鳴らしてウォーターポーを見つめた。「やった!初めてだよ、見習い仲間ができるのは!」ウォーターポーはくすりと笑った。この陽気な雄猫といるだけで気分が上がる。「また、会いましょうよ。明日の晩、同じ場所に集まるのはどう?」ウォーターポーが聞くと、スプレイポーは大きくうなずいた。「今から待ちきれない!キャンプを抜け出せるように、きょうは狩りを頑張るよ」ウォーターポーはさっきの話を思い出して、スプレイポーの奥に広がる空き地を眺めた。「獲物、見つかるといいわね」そう言うと、スプレイポーは肩を落としながら空き地に歩き出した。「もうずっと探しているんだ。ウサギの足跡を見つけるために目をこらしすぎて、顔から飛び出ると思ったくらいさ」無理やり明るいことを言おうとしているのが分かった。ウォーターポーは一瞬、さっきウサギを仕留めた場所に駆け戻って、スプレイポーに獲物を分け与えてあげようかと思った。だがすぐにその考えを振り払った。いくら友達でも、それはできない。トゥウィンクルスターに見つかったら、毛皮をはがれてカラスのえさにされてしまうだろう!それに、あたしが忠誠心を向けるのは自分の一族だけだ。忠誠心と友情は違う。気がつくと、スプレイポーは荒れ地をとぼとぼと歩いていた。しっぽをひきずり、一歩歩くのも嫌そうだ。「あたしにも出来ることがあったら言ってね!」できる範囲は狭いかもだけど。心の中でそう付け足しながら、ウォーターポーは叫んだ。スプレイポーがぴくりとしっぽを動かし、荒れ地の奥へ消えた。ウォーターポーはさっきしとめたウサギのもとへ戻りながら、ウィンド族のことを考えた。あの部族の猫たちは、なぜあんな場所に住むのだろう?身を隠せる場所が見当たらないし、風は強いし、獲物だってもとから少なそうだ。満足に暮らしているときなんて一瞬もないように思える。茂みからウサギをひきずり出しながら、ウォーターポーはあらためてサンダー族がいかに恵まれているかを知った。獲物は豊富で、森はみずみずしく、キャンプも安全だ。こんなにいい場所は他にないだろう。
 キャンプの入口をくぐると、空き地にはたくさんの猫が出ていた。午前中最後のひざしを浴びようとながながと寝そべっている。空を見上げると、厚い雲が見えた。雨が降りそうだ。ウォーターポーは息を切らしながらウサギを獲物置き場に運ぶと、その横のばたんと横になった。訓練のあと続けざまに狩りをしたのでくたびれた。「わあ、すごいウサギね!保育部屋に持っていこうかしら」気がつくとそばにグリーンフォックスが来ていた。ウォーターポーはのどを鳴らし、年上の友を歓迎した。「すごく捕まえやすかったわ」しっぽについたいがを取りながら言うと、グリーンフォックスはとなりに座り、ウォーターポーの毛づくろいを手伝い始めた。「ウィンド族のにおいがするわ。荒れ地の近くで狩りをしてたの?」ウォーターポーは思わずぎくりとした。まさか、スプレイポーのにおいにまで感づかれてしまうのだろうか?「ええ」ウォーターポーは短く答えた。荒れ地の近くで狩りをしたのは本当のことだ。するとグリーンフォックスは、はあとため息をついた。「あたしも行ってみようかな。最近、どこを探しても貧弱なネズミ1匹見つからないのよ。あなたは狩りの才能があるわね」ウォーターポーははずかしくなって身をすくめた。「グリーンフォックスとスカイハートのおかげだわ」褐色の戦士を親しみをこめてつつく。グリーンフォックスはくすぐったそうに肩の毛を逆立てた。2匹はしばらく小突き合い、笑い合った。幸せなひとときだ。淡い光が暖かさを届け、ウォーターポーは眠くなってきた。となりでグリーンフォックスもうつらうつらしている。お互いに寄りかかって、居眠りをしようとしたその時だった。突然、冷たい雨が鼻づらをたたいたかと思うと、あたりはあっという間にどしゃ降りの雨になった。信じられないくらい一瞬で、猫たちはずぶ濡れになった。「秋の天気は気まぐれね!」グリーンフォックスがうなりながら立ち上がった。と思うとよろめき、びしょびしょの地面にばたんと転んだ。「もう!」ひげから水をしたたらせながら、雌猫はいらいらと体を振った。ウォーターポーは雨を浴びながら、別の事に気を取られていた。水たちが、何かを必死に語りかけてくる。
((ウォーターポー!あぶない!))
((逃げろ!さもなければ…))
((キャンプを出るんだ))
ウォーターポーは首を振った。いったいどうしたというのだ?雨が降っていること以外、キャンプをいたって平和に見える。今逃げろと一族の皆に言ったら、頭のおかしいやつだと思われるだろう。
((なにか問題でもあるの?はっきり言ってくれなければ分からないわ!))
ウォーターポーは心の中で問いかけた。ところが、その答えが返ってくる前に、信じられない出来事が起きた。
くぼ地のふちの木々が大きくかしいだかと思うと、くぼ地にすべり落ちてきた。地盤が緩んだのだろうか?そう思ってすぐに、それは間違いだと気がついた。揺れているのは木ではない。地面だ!それは雨のようにあっという間に、あたりをめちゃくちゃに破壊した。大地が大きく揺れ、くぼ地の壁からばらばらと石が降ってきた。視界のはしに、ハイレッジの下から飛び出すトゥウィンクルスターが見えた。「キャンプから出て!地震よ!」族長の叫び声が響いたとたん、あちこちから猫が飛び出してきた。地面は震え続けている。ウォーターポーはぼう然と立ちつくしていたが、グリーンフォックスにつつかれてあわてて走り出した。雨で足がすべり、目の中に水滴が入り込む。部屋にしていた茂みは根っこから倒れていた。保育部屋から大きな悲鳴が上がり、ウォーターポーは急いで方向転換した。子猫たちがあぶない!グリーンフォックスがぴたりとついてくる。「子供たちをいっぺんに運べないわ!どうすればいいの」すっかり取り乱した様子のファングシャインの足元を、ウェーブキットとシャインキットがぐるぐると歩き回る。「すごい揺れてるよ!おかあちゃん、どうなってるの?」ウェーブキットがかん高く尋ねた。ウォーターポーはただ「大丈夫よ」と声をかけて子猫をくわえあげた。シャインキットを、グリーンフォックスが同じようにくわえた。2匹は駆け出し、ファングシャインがついてきていることをちらりと確かめると、勢いよくキャンプを出た。だが、森の中も安全ではなかった。木々が右に左にと大きく揺れ、岩がどこからか転がってきて茂みを手当たり次第に押しつぶしている。「みんな死んでしまうわ」ファングシャインがぞっとしたように言った。すると、前方に一族の顔ぶれが見えた。トゥウィンクルスターがこちらに駆け寄ってくる。「あなたたちが最後よ!できるだけ広いところに避難しないと!森の中は危険だわ」族長はそう言って、一族を示した。「誰もいない二本足の家に向かうわ!ついてきて」駆け出したトゥウィンクルスターの後をサンダー族の一団が追う。ウォーターポーはわめくウェーブキットをくわえなおし、速足で進んだ。地面が揺れているために、前に進むこともままならない。「代わるわ」いつの間にかそばに来ていたファーンリヴァーが言って、さっとウェーブキットを受け取った。ウォーターポーはふらつく足をなんとかふんばり、雌猫を追いかけた。子猫の重みがなくなり、だいぶ楽になった。
 やっとサンダー族が二本足の家についた頃には、揺れはおさまっていた。雨は激しく降り続き、猫たちは一生分ほどの水を浴びたのではないかというくらいに濡れ細り、肩で息をしていた。「みんな無事か?」看護猫のロックアイが猫の間をぬうようにして歩いている。弟子のドリームポーは肉球に刺さった木の欠片を歯で抜いている。ウォーターポーは今朝訓練で痛めた足をなめた。ずきずきするが、診てもらうほどではない。となりでグリーンフォックスが疲れた様子で横たわっている。そばにシャインキットが丸くなっていた。死んでいるように動かないのでぎょっとして見ていると、子猫はぴくりと耳を動かして起き上がった。目がまん丸だ。「アナグマが攻めてきたの?だから地面が揺れたの?」シャインキットが誰にともなくたずねた。母親のファングシャインがすっ飛んできて、娘をなめはじめた。「ただの地震よ。怖がらなくていいわ」ファングシャインはなだめるように言った。ウォーターポーは思わず、あたりを見回した。ひどい有様だ——森の木々は根こそぎ倒れ、二本足の家は倒壊し、岩は粉々に砕け散っている。「キャンプは無事かしら」トゥウィンクルスターが言った。誰も住んでいない二本足の家の庭に集まったサンダー族の猫たちは、互いに不安そうに視線をかわした。あわてて飛びだしてきたから、何もかもをあのくぼ地に置いてきてしまった気がする。「安全か分かったら、キャンプを確かめに偵察隊を送りましょう」ブルーウィングが一族を落ち着かせるように言った。何匹かが同意の言葉をつぶやく。「でも、どうやったら安全か分かるんですか?そもそも、こんな大地震が起こることをスター族さまは知らせてくれなかったの?」フラワードリームがさっとロックアイの方を向いた。ロックアイはグレースモークの体を調べていたが、身を起こして一族と向き直った。「今回のことについて、スター族からはいっさいのお告げはありませんでした」動揺が波のように広がった。ウォーターポーはかたい石の地面をひっかいた。サンダー族、いえ、部族猫は、スター族に見捨てられてしまったの?スカイハートはなんとおっしゃるだろう。大地震はいつでも起こりうることだから、わざわざスター族に警告してもらう必要はないと断言しそうだ。ウォーターポーは指導者の姿をもとめて群れを見渡した。たくさんの部族仲間の姿が目に入るが、あのとら柄の姿はどこにもない。「スカイハート?スカイハート!」ウォーターポーは大声で呼びながら猫の間を歩いた。おびえたにおいがあたりにただよい、猫たちは落ち着かな気にしている。まるでいつ地面が割れて自分を飲み込もうとするか恐れているようだ。「スカイハート!いらっしゃるんでしょう?無視しないでください!」声が裏返った。嫌な予感に、毛が逆立つ。「スカイハートが見当たらないのか?」低い声がし、振り返ると、灰色の雄猫がいた。ヴァイオレットストームだ。「はい、いないんです。見かけていませんか?」ウォーターポーは年長の戦士に聞いた。ヴァイオレットストームは紫の目を細め、首を振った。「捜索隊を出してもらおう。急げ。今頃岩の下敷きになって苦しんでいるかもしれん」ウォーターポーは耳を寝かせ、族長のもとへ急いだ。ヴァイオレットストームもついてきてくれた。「どうしたの?」トゥウィンクルスターがそわそわしている2匹を見ていぶかしげに言った。「スカイハートが行方不明なんです!探しに行かせてください」ウォーターポーは必死な口調で頼んだ。もちろん、いいと言うわよね?部族仲間の命をむだにできるわけがない。トゥウィンクルスターはすぐにうなずいた。だが、少し間を空けて、付け足した。「まだ地震が収まったかは分からないわ。捜索隊まで危険にさらすわけにはいかない。捜索隊を送るとしても2匹までとするわ。そして、ウォーターポー、あなたは行っていけない」「どうしてですか?スカイハートはあたしの指導者です!」トゥウィンクルスターはしっぽでウォーターポーの口をかすった。「ええ、指導者だからこそよ!こういう状況のとき、弟子にどんな行動取ってほしいと思う?わざわざ身を危険にさらしてほしいなんて思わないはずよ」族長の言うことは正しい。ウォーターポーは納得したが、まだ気は落ち着かなかった。「ヴァイオレットストーム、グレースモークをつれてキャンプに戻り、スカイハートを探しなさい。キャンプ内にいなかったら、森のどこかにいるかもしれないわ。でも、また地震が来たり、無理だと思われる状況になったら、すぐに捜索を切り上げなさい。自分の命を最優先にすること」ヴァイオレットストームがうなずいた。ウォーターポーはすがるように戦士を見つめた。「安心しろ」ヴァイオレットストームはそう言い、しっぽでグレースモークをまねくと状況を説明し始めた。それからすぐに、2匹の雄猫は森に向かって駆けだした。どんどんその姿が遠ざかっていく。お願いします、スター族さま。スカイハートを救ってください。ウォーターポーは祈った。大嫌いな指導者だったが、自分を育て上げてくれたのだ。今では深く尊敬している。不気味なほどに静まり返った森は、ウォーターポーは威圧的に見下ろしていた。慣れ親しんだはずのすみかは、地震のせいでまったく顔色を変えてしまった。知らない場所みたいだ。「大丈夫よ、きっと」グリーンフォックスがそばに来ていた。体中すり傷だらけだが、目には強い光が浮かんでいる。「スカイハートが死ぬわけないじゃない」ウォーターポーは友に寄りかかった。グリーンフォックスの暖かい体が、何よりも支えになった。ええ、そうよね。死ぬわけがない。スカイハートは、あたしの指導者だもの。まだまだ指導することはたくさんあるわ。ウォーターポーは目を閉じ、耳をすませた。降りしきる雨の中から、声を聞き取ろうとする。もしかしたら、指導者の行方を知っている水がいるかもしれない。指導者の上にも、きっと雨が降りかかっているだろうから。だが、水の声は何も聞こえなかった。ショックで黙り込んでしまったようだ。ウォーターポーはあきらめて、耳を寝かせた。地震になにもかもを奪われてしまったような気がした。

フィッシュポー
未登録ユーザー


トップに戻る Go down

終わりと始まり 1-1以前、4-6以降 Empty Re: 終わりと始まり 1-1以前、4-6以降

投稿 by スチルウィスカー. Mon Dec 28, 2020 5:27 pm











ああ

s

s



s

x
f


dええ



dfs

d


スチルウィスカー.
未登録ユーザー


トップに戻る Go down

終わりと始まり 1-1以前、4-6以降 Empty Re: 終わりと始まり 1-1以前、4-6以降

投稿 by Sponsored content


Sponsored content


トップに戻る Go down

トップに戻る

- Similar topics

 
Permissions in this forum:
返信投稿: