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冬葉の短編集 (不定期更新)

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投稿 by ウィンターリーフ@冬葉 Sat Nov 19, 2016 3:02 pm

「突然、世界から音が消えてしまったら……?」
提案者: ティアーミスト様




**




「突然、世界から音が消えてしまったらどうする?」


狩りの最中に問われたおかしな質問に彼はぽかんと口を開いた。その際に加えていたクロウタドリがぼたっと落ち、地面に無様に転がってしまった。


「ねえ、どうする?」


再度問われ、彼は目を数回瞬かせた。そのおかげで、ようやく頭がはっきりしてきた。
____出た、噂の不思議ちゃん。
素っ頓狂な質問をしてきた彼女は、一族で有名___というより異質な存在だ。幼い頃から奇妙な言動行動を繰り返し、親や友達を困らせてきた女の子。最近ではその奇妙なことは滅多に起こらないが、今でもひそひそと噂されている。気味悪がられ、嘲笑の的になっているのだ。


「もしかして、真剣に悩んでるの?」


また聞き返されたかと思えば、彼女の顔がかなりの至近距離にあった。思わず彼は驚き、ぎゃっと叫んで飛び退く。大抵の猫は、こんな反応をする。
_____神秘的な、紫の瞳、ね。
バクバクと速い鼓動を繰り返す心臓を恨めしく思いながら、彼は彼女をそっと盗み見た。柔らかな栗色の毛に、神秘的で引き込まれると噂の大きな目。その目は澄んだ紫色で、何度見ても見惚れる。
そう。ようは____不思議ちゃんなのに、美しいだなんて。
それが、どうしようもなく惜しい。美しいのなら、それ相応の態度を取ればいい。そうすればモテるはずなのに、彼女はそうしない。


「ね、聞かせて___」


そしてこの囁き声。儚げで綺麗な、ウィスパーボイス。
だめだ……と彼は心の中で叫んだ。幾ら不思議ちゃんでも、この美しさには勝てない。どうしても惹かれる。


「音が、消えたなら……」
「なら?」


彼女が促すように繰り返す。


「寂しいんだろう、と思う」


真正面から見つめられなくて自然と下を向いた。すると、彼女は不思議そうに首を傾げた。


「なんでそう思うの?」
「……音が、僕たちの生活を彩っているから。音がなかったら寂しいよ。孤独で、寂しい。なぜなら___」
「変なの」


彼の言葉は、彼女のそれだけの呟きに掻き消された。言葉を発することを許さないとでも言うような、強い響きの声音だった。


「あなたって、私よりよっぽどヘン」
「え……」


彼は絶句していた。彼女に変と言われたこと、それにびっくりしていたのだ。


「あなたがヘンなんじゃなくて、それがフツウってことなのか」


彼女は衝撃で固まる彼を無視し、ぽつりと呟いた。そうして、その場を立ち去った。
取り残された彼は、唖然とした顔でその後ろ姿を見送る。ただただ、圧倒された。


「なんなんだよ……」


彼はそう言うと、温くってしまったクロウタドリを加えようと口を開いた。








×*×*








夜中に目を覚ました彼は、仰天した。叫び声を出さなかった自分を褒めてあげたい。
何故なら____


「こんばんは」


自分の寝床で寝ていた筈なのに空き地にいて、その側に彼女が居たからだ。やけに寒いと思ったのはこれか……と思いながら、彼はゆっくり立ち上がった。冬の冷気が容赦無く彼を刺してくる。


「夜の世界へようこそ。私が歓迎してあげる」


安定の囁き声で、彼女が笑った。大木を背にして立つ彼女の姿は、妖艶に美しく見えて彼は目を瞬かせる。
彼女の言葉に、もう驚きはしない。不思議ちゃんなのは子猫の時から了解済みだ。


「歓迎を嬉しく思います、夜の女王様」


ふざけて返すと、彼女は微笑みを深めた。


「ところで……僕はどうして此処に? もしかして自分の寝床から此処まで転がってきた?」
「いいえ、転がってない」
「じゃあどうして___」


そう言いかけ、彼は慌てて口をつぐんだ。彼女が優雅な動作で尻尾を彼の口に巻き付けたからだ。微かな甘い微香に、思わず彼はくらりとした。


「私が呼んだの。あなたに、体験してもらいたかったから」


耳元で囁かれた声音に、彼はぞくりとした。怪しげな雰囲気を感じたからだ。




「____ようこそ、音の無い世界へ。フツウなあなたを歓迎してあげる」




その瞬間、彼は戦慄した。
___そうだ、なぜ気づかなかったんだろう。彼女の声以外音が無いのだ。葉の擦れる音も、仲間のいびき声も、梟の鳴く声も、川のせせらぎも、風の唸りさえも。____そう、全て。


「お、音が、ない……?」


呆然と呟いた彼の声は、シンとした世界の中、響いた。

「どうして___どうやって……」


わからない。わからない。おかしい。
疑問や焦りがぐるぐると頭の中を渦巻いて、彼は思わず彼女に掴みかかって居た。彼女の神秘的な瞳が、間近に存在している。


「君が、やったの……?」


おかしな質問だと、笑いそうになった。
何を言ってるんだ僕は。彼女にこんなこと、こんなおかしなこと、出来る筈がない。まず、彼女ができると考えること自体おかしいのだ。


「これは夢? ……は、そうか、夢なんだね、ここは。だから音が無い、そうだろう」


彼は確信し、勝ち誇ったように笑った。そうであって欲しい、そんな思いが汲み取れるような切な口調なのに。


「夢だって、どうして断言できる? まあそれでも良いけれど、それだと少し気に食わないかも」

彼女はつまらなそうに鼻を鳴らし、邪魔だと彼を押し退けた。彼は、笑顔を辞めて恐る恐る辺りを見回した。


「忙しないね、あなた」


そんな彼を観察しながら、彼女はふわっと欠伸をした。相変わらず、彼女と彼以外の音はない。


「どうせなら、この静寂を楽しんでみたら? 私、静謐な夜は特に好きなの。なかでも冬」
「楽しめ、と言われても……。音は戻るんだよね!?」


若干キれ気味の彼をゴミでも見るような目で見た彼女。ちょっぴり傷ついた彼は、おとなしくしようと務めた。


「あなたに体験させたくて音を無くしてみたの。だから夜明け頃には音は戻ってる。大丈夫、奇妙なことは夜にしか起こらないから」


くすくすと笑って彼女は空を仰いだ。
彼は、考えることをやめた。彼女が音を無くしたとか無くしてないとか、自分の頭では理解し難いことにパニックになっていたからだ。取り敢えずは彼女の言うことを受け入れよう、と彼は彼女を見つめた。


「私ね、音が無い世界が好きなの。最近じゃあ満月の日に音を無くしてるんだけど、楽しくって。この楽しさを誰かに味合わせてあげたいなーって思って選んだのがあなた。あなたって、凄く真面目そうだから。真面目なあなたに突飛なことを体験させるの、良いことだと思ったんだ」

音も無く雪が降ってきた。音の無い世界に降る雪。この時間は彼と彼女のみ味わえる、特別な時。そう思うと彼は、どうしようもないムズムズした感じに襲われた。


「ね、楽しんでくれた?」


もう話は終わり、と言わんばかりに切り上げた彼女は、彼に言った。彼は、曖昧に微笑んだ。疑問はたくさんで今でも溢れ出しそうだけど___それは聞かずにいたほうが良いかもしれない。そんなことを彼は思う。


「音がないのも、悪く無いでしょ。私はどっちかと言うと音が無い世界が好きだけど、あってもいいかもってたまに思う。綺麗な音は、聞いてて心地よいものね」
「……うん」


僕にとっては君の声が心地良いよ、なんて台詞を思いついた彼は苦い顔で呑み込んだ。自分も彼女も引くだろう。そう思っていた彼は、驚くことになる。今日一日で何回驚いたことだろう。




「あなたの声が綺麗で心地よいものだから……音を無くそうって思えなくなったの」



彼は吹き出しそうになった。


「ありがとう。そして良かったね。自分の声が、この世界一美しいもので」


これって告白なの? 告白なのか? と狼狽える彼をおかしそうに眺めたのち、彼女は地面に寝転がった。
____音が無いのも、考えものだよね。












**


【あとがき】


ティアーミストさんから提案いただいた短編です。どうでしたか? 最後ぐだぐだだったかなあ……と思ってるのですが。心配。
ちなみに、冬と雪は私の好きなものです。冬の夜に雪が降っててシンとしてるのって何か素敵じゃないですか? 私、好きなんですよねー……あは。私の想像では彼女は不思議なことができます。いわゆる魔法? 魔法使い? なんて。ただ書いてくと収まりそうにないので彼に質問させるのはやめときました。
ちなみに彼はごく普通の男の子です。彼女はかなりの美猫さんですが。彼の声が世界一綺麗かどうかはご想像にお任せします。思ってるのは彼女だけだったり……ってのもありですね笑
とにかく。私の暇潰しのために案を提案して下さったティアーミストさん、ありがとうございました! ご期待に添えた短編かはどうかわかりませんが、楽しんで頂けたら嬉しいです!


最終編集者 ウィンターリーフ@復活宣言! [ Fri Feb 17, 2017 9:33 am ], 編集回数 1 回
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投稿 by ティアーミスト Sun Nov 20, 2016 10:51 am


わたしのお題をウィンターさんのきれいな文章にしてもらうことができて、とても嬉しいです(*´ω`*)

フツウな彼の心の変化や不思議ちゃんの美しさが丁寧に描かれていて、何度も読み返したくなる作品ですね!
そして彼女は何者? かわいらしいけれど影のある彼女に終始もだえてました笑

提案者は大満足です!^^ ありがとうございました。短編集と言うことで、他の作品も楽しみにしています。

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投稿 by ウィンターリーフ@冬葉 Fri Dec 02, 2016 5:09 pm

ティアーミスト wrote:
わたしのお題をウィンターさんのきれいな文章にしてもらうことができて、とても嬉しいです(*´ω`*)

フツウな彼の心の変化や不思議ちゃんの美しさが丁寧に描かれていて、何度も読み返したくなる作品ですね!
そして彼女は何者? かわいらしいけれど影のある彼女に終始もだえてました笑

提案者は大満足です!^^ ありがとうございました。短編集と言うことで、他の作品も楽しみにしています。



あわわわ……返信が凄く遅れてしまいました。ごめんなさい。
読んで頂けて嬉しいです! ティアーミストさんの提案のおかげでこの短編が完成したので、とても感謝しています。長くなりそうで書ききれなかった部分は、いつか番外編で説明できたらいいな……なんて思っている冬葉です。短編集ということで、いずれかまた投稿するつもりなので、目を通して頂けたら……と厚かましくも思っています汗

読んでくださり、ありがとうございました!
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投稿 by ウィンターリーフ@冬葉 Fri Dec 02, 2016 5:19 pm

お知らせ




 お久しぶりです、冬葉です。
 暫く……大体来年の三月辺りまで受験のためお休みします。連載中の小説「孤高な黒は、愚鈍な白と旅に出る」や「海の音を奏でて」などは、多分更新は来年になるかと思います。決して小説を捨てた、とかそういうことではないので、これからも読んで下さると嬉しいです。
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投稿 by ウィンターリーフ@冬葉 Thu Feb 16, 2017 11:47 am

【強者】



「おまえ……っ、よくも!」

ああ、まただ。瞳に憎しみと怒りを宿らせた猫を見下ろし、私は溜息をついた。

「なんだ、その反応は! 俺の妹を殺しておいて何も思わないというのかっ!!」

何も思わないというのか? 思わない筈がない。思うしかないだろう。
けれど、自分がしたことは後悔していない。私は私の道を進むだけだ。阻むと言うのなら排除するのみ。
その信念を曲げようとした、おまえの妹が悪い。

「死んで、当然でしょう」

呟くと、兄である雄猫の毛がぶわりと逆立った。おまえっ……!! と憎々しげに睨みつけられ、構えた爪が太陽に反射してきらりと光る。

「私の道を阻み、邪魔をしようとした。そんな者を殺さずに何をしよと言うのですか」
「妹はおまえを正そうとしていただけなのにか!? それなのに殺すなど!!」
「くどい」

ぎゃんぎゃんと犬のように喧しい雄猫の言葉を一蹴し、私は眼光を鋭くした。

「正してくれなど頼んでない。私の道を阻もうとするあの女が悪い」
「そんなのーー」
「私の考えを覆したいのなら、私より強くなってから言いなさい。弱者の言葉など果てるが定め」

どうだ、おまえは私より強いか。
問いかけるように胸を逸らす。傲然と見下し、かかってこいと言うようにゆらりと尾を動かす。

「殺してやる、おまえなど!!」

飛びかかってきたその身をひらりと交わし、その背後から首筋に噛み付いた。
ああ、弱い。こんなにも弱い。首筋を意図も容易く噛み切ると、ごぽりと音を立てて血が流れ落ちる。

「強い者が勝つ。強い者こそ生き残る。それこそ自然の摂理でしょう」

憎しみのまま生き耐えた雄猫を見下ろし、私はにっこり微笑んだ。

「次向かって来るときは、私より強くなってから来なさい。でないと、あなたの誇りは通らない」






強いからこそ生き残る。
自分の意志を通すと言うのなら強者になってから言いなさい。弱者はただ吠えるだけ吠え、嘆き悲しんで無様に死ぬ。吠えても吠えても通らない意志などくだらない。ならば、強くなるがいい。
強くなって、意志を突き付けなさい。私にその意志と誇りを。









ーー昔々、死神と呼ばれた雌猫が居ました。その雌猫は恐ろしく強く、かかってくる者を片っ端から殺して行きました。ただ、彼女は殺戮を好んで居たわけではないのです。
ただ単に、“誇り”を求めていただけなのでした。








ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
すみません……結構ノリで書きました。復帰したついでの試し書き、みたいな感じです。
結構短いです。気が向いても向かなくても、読んでも読まなくてもどちらでも。文章の意味がよくわからない? はい、その通りです。むちゃくちゃですみません。
次回はちゃんと書くつもりデス。
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投稿 by ウィンターリーフ@冬葉 Wed Mar 15, 2017 9:15 am

魔法使いの彼 (前)



「ーーごめんね」

 冷たい夜だった。バケツをひっくり返したような雨の中、ずぶ濡れの猫が首を垂れて蹲る。その猫の傍に横たわる猫は微動だにしないで、その身からとめどなく赤い血が流れさせていた。

「どうしても、殺さなきゃいけなかったの」

 ぽつりと落とされた声音は微かに震えていて。
 濡れた地面を這う血が川を作り、蹲る猫の毛を赤く染めていく。

 (雨までも、私を責めるの?)

 猫は嘆き、悲しげに身を震わせた。もう二度と動かないその身体に鼻をうずめると、喉の奥に広がる死臭。身を引きたくなるのを堪え、そっと毛を舐める。

「あなたは、殺されなければならなかった。ーー生まれてきては、いけなかったのよ」

 ごめんね。本当にごめんなさい。
 うわ言のように繰り返し、地に伏せる。とめどなく降る雨が、私の罪を流してくれればいい。




**




 彼は、私の弟子になりたいと言った。
 生まれつき魔法という不思議な力を持つ猫として、私の耳に彼の噂が届いた。私も幼い頃から魔法を当たり前のように使う猫だったので、彼の両親に是非と頼まれたのだ。
 始めは抵抗があった。私は責任に怯えていたからだ。自分もまだ一人前とは言い難いのに、見ず知らずの子猫を弟子として取らなければいけないという不安。うまく指導できるか、危険な目に合わせぬよう育てられるか。本当は、逃げ出したいくらい嫌だった。

『僕を弟子にしてください!』

 そんな不安を感じ取ってか、彼は積極的に私の元に来るようになった。来るたびに志願し、私は拒み、彼は泣きそうになり、私は気まずくなる。そんな終わらないループを繰り返す私たちに、私の師が言った。

『彼は強大な力の持ち主だ。うまく指導しないとその身の破滅を起こす』

 力が強い、と言うのは初対面でもわかっていたことだ。だが、破滅を起こすなど思ってもみなかった。
 なぜ師はわざわざそんなことを言うのか。破滅を起こすというのなら尚更指導したくない、と師に訴えると。

『彼はおまえを気に入っている。わたしの弟子には決してならないだろうよ』

 気に入っている……? 
 その言葉に未熟な私はかッとなった。責任を負わせ押し付けて、自分はのうのうと弟子になろうと言うのか。私の不安も知らずに。

『嫌です! なぜ私が弟子を取らなければいけないのですか! そんなに強大な力を持つのなら、世界的に有名な師が指導したほうがいいでしょう!』

 本当に嫌だ。嫌なのに。ーーもう二度と、あんな目に合わせないと誓った。だから。
 師と私の前で不安げに瞳を揺らす彼を振り返った。牙を剥き、激しく訴える。

『お願いだから、志願などしないで! お願いだから、弟子入りするのなら私の師にしなさい! 私はおまえの面倒を見る気などないのだから!』

 師が咎める声も無視して、私は喉の奥で低く唸った。
 彼が目に見えてびくっとし、じわりと涙を浮かべるのを見て背を向ける。

(それでいい。そう、それでいいの)

 自分に言い聞かせるように繰り返し、罪悪感を振り払う。どうしてか、泣きそうだ。

『僕はっ……!』

 彼が叫ぶ声に耳を塞ぎたくなる。お願いだからそれ以上ーー

『あなたの弟子にしかなりませんから!!』

 もう、やめて。




(続きはまた今度!)
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投稿 by ウィンターリーフ@冬葉 Fri Aug 25, 2017 4:40 pm

夕暮れの書室にて






「ーー懐かしいわ」

夕日が沈みかけ、茜色に染まる部屋にて、一匹の猫がぽつりと零した。手元にある手紙を悲しそうに見つめ、何かを噛み締めるようにもう一度呟いた。

「本当に、懐かしい」

美しく並ぶ筆跡から目を逸らし、沈むゆく夕陽に目を向ける。眩く輝く夕陽を見、お嬢様は何を思ったのだろうか。自嘲気味に微かに笑うと、上品な動作で一枚、便箋を取り出す。

そうして返事を書こうとし、本当に悲しそうに、もう一度笑った。

「……ごめんなさいね。あなたたちにはもう会うことができないの。私の決心が鈍ってしまうし、それにーー」

言いかけ、ため息をついて切る。
この言葉だけは、手紙には書けないわね。
そう思い、まだお嬢様である白銀色の猫は、心にそっとしまい込む。子供だった頃では言っただろう言葉に鍵をかけ、深く深く仕舞い込むのだ。
愛しい彼のことも、同様に。



ーーーーーーーーーーーー


ーーあなたたちに会ったら、きっと私は甘えてしまうのよ。何もかもを投げ出して、逃げたいと思ってしまうの。縋りたいと、守られたいと、愚かにもそう思ってしまうからーーだから。
どんなに頼まれても、私は会わないわ。

ごめんなさいね。本当に。大事なことだからもう一度言うわ。ごめんなさい。


でも、好きなのよ。


私はあなたたちのことを生涯忘れないわ。きっと。あの学園で過ごした日々のことを、きっと忘れない。どんなに辛く、厳しく、心が壊れそうになったとしてもーーあなたたちだけは、忘れないわ。


私に、素晴らしい日々をありがとう。楽しかったわ。みんな、大好きよ。


あまり上手く文字にできなくてごめんなさい。言いたいことがありすぎて、どうにも上手く纏められないの。ただの事務仕事なら卒なくこなすことができるのにーー


ーーーーーーーーーーーー


そこまで綴り、お嬢様はペンを止めた。

ああ、ダメよ、こんな内容じゃ。

ぐしゃっと便箋を握り潰し、机にらしくもなく突っ伏す。

「ーーどうしても、弱音が出てしまう。……それじゃあ、ダメなのに」

それでは次期頭首としてやっていけないわよ。
もう一人の自分が囁き、お嬢様はぎゅっと目を瞑る。

あぁ、どうしてか。



「ーー辛いわ……」






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